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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1766号 判決

主文

一 被告らは、各自、別表A記載の原告らに対し、被告国において同表「③被告国の支払金額」の欄に記載の金額の金員及びこれに対する同表「⑤付帯請求起算日」欄に記載の日から完済まで年五分の割合による金員を、被告阪神高速道路公団において同表「④被告公団の支払金額」欄に記載の金額の金員及びこれに対する同表「⑤付帯請求起算日」欄に記載の日から完済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二 被告らは、被告国において、国道四三号線を自動車の走行の用に供することにより、被告公団において、兵庫県道高速大阪西宮線を自動車の走行の用に供することにより、別表A記載の原告らのうち「⑥沿道居住の有無」欄に★印のある原告らに対し、同原告らそれぞれの居住地において、左記方法によって浮遊粒子状物質につき一時間値の一日平均値0.15mg/m3を超える数値が測定される大気汚染を形成してはならない。

濾過捕集による重量濃度測定方法又はこの方法によって測定された重量濃度と直線的な関係を有する量が得られる光散乱法、圧電天びん法若しくはベータ線吸収法を用いて、地上三メートル以上一〇メートル以下の高さで試料を採取して測定する方法

三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四 訴訟費用の負担は次のとおりとする。

1 別表A記載の原告らに生じた訴訟費用のうち二分の一並びに被告らに生じた訴訟費用の各八分の一を被告らの負担とする。

2 別表A記載の原告らに生じた訴訟費用のうち二分の一を同原告らの負担とする。

3 別表A記載の原告らを除く原告らに生じた訴訟費用並びに被告らに生じた訴訟費用の各八分の七を別表A記載の原告らを除く原告らの負担とする。

《目次》

主文

目次

当事者目録

用語及び略語

事実及び理由

第一編 申立て等

第二編 争点に関する主張の基礎となる

事実関係〈省略〉

第三編 争点の摘示

第四編 争点に関する原告らの主張〈省略〉

第五編 争点に関する被告らの主張〈省略〉

第六編 当裁判所の判断

第一章 尼崎市の大気汚染の状況〈省略〉

第二章 本件道路排煙の規模等〈省略〉

第三章 大気汚染物質の生体への影響〈省略〉

第四章 大気汚染に係る健康影響調査(疫学調査)〈省略〉

第五章 争点一に対する判断

第一 共同不法行為の要件と効果

第二 本件道路排煙と訴外工場排煙との間の関連共同性について

第三 本件道路の各道路排煙間の関連共同性について

第六章 争点二に対する判断

第一 大気汚染物質の生体影響について

第二 大気汚染レベルの二酸化窒素の健康影響について

第三 尼崎市の一般大気環境の健康影響について

第四 本件道路沿道の局所的汚染の健康影響について

一 本件道路沿道の大気汚染の程度

二 幹線道路沿道汚染が指定疾病の発症を促す危険の有無・程度

三 千葉大調査の知見の尼崎市への当てはめ

第五 国道四三号線沿道の大気汚染と指定疾病との関係について

一 国道四三号線沿道の大気汚染と気管支喘息の発症

二 本件沿道汚染と気管支喘息の増悪

三 本件沿道汚染と慢性閉塞性肺疾患の発症・増悪

第七章 争点三に対する判断

第一 指定疾病の罹患及びその重症度の推認について

第二 本件沿道汚染に継続的に暴露した者の範囲について

第三 個別的な因果関係の判定基準(暴露要件)について

第四 沿道患者に関する個別的な因果関係及び症例の検討について

第八章 争点四に対する判断

第一 道路の瑕疵(いわゆる供用関連瑕疵)について

第二 道路の瑕疵に関する被告らの主張ついて

第九章 争点五に対する判断

第一 主位的な損害賠償請求(財産的損害を含む請求)について

第二 予備的な損害賠償請求(慰藉料請求)について

第三 被告らが賠償すべき損害の範囲について

第一〇章 争点六に対する判断

第一一章 争点七に対する判断

第一 本件差止請求に係る訴えの適否について

第二 本件差止請求の当否について

結語

原告(原告番号一)

甲野太郎

外三九八名

第一次訴訟(原告番号一ないし四八二)代理人弁護士

大搗幸男 岡本秀雄 畑谷嘉宏 上田日出子 川又昭

藤村耕造 垣添誠雄 児嶋初子 星山輝男 犀川季久

鈴木繁次 間部俊明 白井剣 滝本太郎 牧浦義孝

菅野兼吉 長瀬幸雄 森卓爾 猪狩庸祐 南雲芳夫

山内忠吉 池田昭 根岸義道 矢島惣平 岡村共栄

畑山穣 山本一行 三橋三郎 斎藤浩 山田康子

小高丑松 藤原猛爾 田中治 小関傳六 若松正伸

前田正次郎 井上善雄 村山晃 吉田恒俊 岩嶋修治

木村治子 水野幹男 上山勤 坂田和夫 坂本洋太郎

大音師建三 松重君予 松本洋一 大櫛和雄 宮崎定邦

縄田政幸 小林俊康 藤本哲也

原告ら訴訟代理人弁護士

中尾英夫 足立昌昭 石井嘉門 上原邦彦 大西裕子

川西譲 小貫精一郎 梶原高明 佐伯雄三 筧宗憲

後藤玲子 辻晶子 小牧英夫 田中秀雄 野澤涓

高橋敬 野口善國 深草徹 永田徹 藤原精吾

前哲夫 羽柴修 本田卓禾 山内康雄 古殿宣敬

森川憲二 吉井正明 宗藤泰而 山根良一 豊田誠

山崎満幾美 樋渡俊一 白川博清 渡部吉泰 伊藤幹郎

飯田伸一 鈴木堯博 岩橋宣隆 岩村智文 原希世巳

鵜飼良昭 岡田尚 稲生義隆 小口千恵子 加藤満生

岡村三穂 影山秀人 木村和夫 大河内秀明 杉井厳一

小島周一 久保博道 武井共夫 中込光一 篠原義仁

山本英二 西村隆雄 鈴木裕文 鈴木守 森田明

堤浩一郎 井関和彦 山田泰 中村宏 梅田章二

横山國男 根本孔衛 小田周治 高橋勲 林良二

川窪仁帥 河本和子 三竹厚行 坂和章平 野上恭道

田村徹 須田政勝 岩田研二郎 藤野善夫 寺沢達夫

木村達也 石川元也 濱田耕一 谷智恵子

石田法子 秀平吉朗 豊川義明 大川真郎 細見茂

春田健治 津留崎直美 三木俊博 真鍋正一 長野真一郎

中島晃 村松昭夫 早川光俊 向田誠宏 山川元庸

福本富男 竹嶋健治 富永俊造 松井清志 峯田勝次

大矢和徳 山下潔 岩月浩二 恒川雅光 渡邊守

高木輝雄 中村亀雄 石川智太郎 原山剛三 笹田参三

小島高志 赤塚宋一 阿左美信義 花田啓一 蓑輪弘隆

河田英正 森健 木澤進 谷和子 松葉謙三

山田延廣 上田國廣 山田秀樹 嘉松喜佐夫 高木健康

石口俊一 関康雄 馬奈木昭雄 石田正也 山崎博行

坂井優 清水善朗 安部千春 野田底吾 光成卓明

前野宗俊 松山秀樹 小島肇 村山光信 加藤修

河野善一郎 小林広夫 住田定夫 鍬田萬喜雄 吉野高幸

荒牧啓一 佐藤欣哉 江越和信 年森俊宏 本上博丈

前田憲徳 高橋高子 小沢秀造 内田茂雄 松本隆行

千場茂勝 山口健一 田久保公規 配川寿好

吉田竜一 乗鞍良彦 河邊真史 西田雅年 藤井義継

佐藤裕人 亀井尚也 福田和美 中丸素明 宇陀高

森田茂 増田正幸 鴇田香織 辰巳裕規 竹内平

竹内浩史 松本篤周 工藤涼二 白子雅人 兼松洋子

被告

右代表者法務大臣

臼井日出男

被告

阪神高速道路公団

右代表者理事長

松野一博

被告国及び被告阪神高速道路公団訴訟代理人弁護士

滝澤功治

被告国及び被告阪神高速道路公団指定代理人

齋木敏文

外一九名

被告国指定代理人

上河原献二

外二六名

被告阪神高速道路公団訴訟代理人弁護士

小越芳保

友廣隆宣

被告阪神高速道路公団指定代理人

杉本訓祥

略語及び用語

略語について

(当事者等)

承継人原告……当事者目録に「訴訟承継人原告」として表示がされている原告ら並びに原告番号五〇の二、七五の二、九六の二、九八の二、一四〇の二、二八八の二、四二五の二及び五一〇の二の原告ら

死亡原告……承継人原告の左の[]内に表示されている者

患者原告……承継人原告以外の原告ら

本件患者……患者原告及び死亡原告

原告番号……元番だけのもの 本件患者に係る整理番号

枝番のあるもの 承継人原告の整理番号

被告公団……被告阪神高速道路公団

国道二号線……一般国道・国道二号線

国道四三号線……一般国道・国道四三号線

大阪西宮線……昭和四四年一二月八日路線認定に係る大阪府道高速大阪西宮線及び同月二六日路線認定に係る兵庫県道高速大阪西宮線

神戸西宮線……昭和四二年一二月二二日路線認定に係る兵庫県道高速神戸西宮線

三号神戸線……大阪西宮線及び神戸西宮線

本件道路……国道二号線、国道四三号線及び大阪西宮線

関西電力……関西電力株式会社

旭硝子……旭硝子株式会社

熱化学……関西熱化学株式会社

住友金属……住友金属工業株式会社

クボタ……株式会社クボタ

合同製鐵……合同製鐵株式会社

古河機械……古河機械金属株式会社

中山鋼業……中山鋼業株式会社

神戸製鋼……株式会社神戸製鋼所

訴外会社……右九社

訴外工場……図表二に表示の①ないし⑭の訴外会社の工場

(法令等)

国賠法……国家賠償法(昭和二二年法律第一二五号)

ばい煙規制法……ばい煙の排出の規制等に関する法律(昭和三七年法律第一四六号)

公基法……公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)

大防法……大気汚染防止法(昭和四三年法律第九七号)

特別措置法……公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和四四年法律第九〇号)

特措法施行令……公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令(昭和四四年一二月二七日政令第三一九号)

公健法……公害健康被害の補償等に関する法律(昭和四八年法律第一一一号)

公健法施行令……公害健康被害の補償等に関する法律施行令(昭和四九年八月二〇日政令第二九五号)

公健法施行規則……公害健康被害の補償等に関する法律施行規則(昭和四九年八月三一日総理府令第六〇号)

第一種地域……公健法二条一項及び公健法施行令一条別表第一所定の地域

指定疾病……特別措置法二条、特措法施行令一条別表の一、三の二、三の三、四、五、五の二、五の二の二、五の三及び五の四の各欄並びに第一種地域について公健法施行令一条別表第一で指定された慢性気管支炎、気管支喘息、喘息性気管支炎及び肺気腫並びにこれらの続発症

認定患者……特別措置法三条一項の被認定者及び公健法四条一項の被認定者

自動車NOX法……自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(平成四年法律第七〇号)

(各種機関等)

中公審……公基法二七条に基づき総理府に付属機関として設置された中央公害対策審議会

認定審査会……公健法四四条、四五条所定の公害健康被害認定審査会

尼崎市認定審査会……尼崎市公害健康被害認定審査会

五三年専門委員会又は同報告……中央公害対策審議会大気部会二酸化窒素に係る判定条件等専門委員会又は同委員会の昭和五三年三月二〇日付け報告

六一年専門委員会又は同報告……中央公害対策審議会環境保険部会大気汚染と健康被害との関係の評価に係る専門委員会又は同委員会の昭和六一年四月付け報告

WHO専門委員会又は同報告……WHO(世界保健機構)窒素酸化物に関する環境保健クライテリア専門委員会又は同委員会の昭和五一年八月付け報告

BMRC……British Medical Research Council(英国医学研究委員会)

ATS……American Thoracic Society(米国胸部疾患学会)

EPA……U.S.Environmental Protection Agency(米国環境保護庁)(書証)〈省略〉

用語について

ppm……一〇〇万分の一を表す濃度の単位であり、ある気体が空気一立方メートル中に一立方センチメートル存在するときの濃度が一ppmである。

ppb……一〇億分の一(ppmの一〇〇〇分の一)を表す濃度の単位である。

mg/m3……一立法メートル中に存在するある物質の質量をミリグラムで表した単位

μm……一〇〇万分の一メートル(一〇〇〇分の一ミリメートル)を表す長さの単位「ミクロン」

μg……一〇〇万分の一グラム(一〇〇〇分の一ミリグラム)を表す重さの単位「マイクログラム」

Nm3……温度零度・圧力一気圧の状態に換算した気体一立法メートル

排出基準……大防法三条に基づき、ばい煙発生施設から大気中に排出される排出物に含まれるばい煙の排出の量について定められた許容限度

ばい煙……大防法二条一項一号ないし三号所定の大気汚染物質の総称であって、燃料その他の物の燃焼等によって生じるものである。硫黄酸化物(一号)、ばいじん(二号)、有害物質(三号)である。

昭和四五年法律第一三四号による改正前の大防法においては、ばい煙が「硫黄酸化物」と「すすその他の粉じん」の二種類とされていたが、右改正後、燃焼などの熱処理に伴わないで飛散する大気汚染物質が「粉じん」として独立に定義され、さらに、熱処理に伴って発生する大気汚染物質のうち有害物質についても独立に定義されたため、硫黄酸化物(二条一項一号)と有害物質(二条一項三号)を除く大気汚染物質の全てがばいじん(二条一項二号)となる。

窒素酸化物は、当初、ばい煙とされていなかったが、昭和四六年政令第一九一号による改正後の大防法施行令一条一項五号により、有害物質としてばい煙に含まれることになった。

粉じん……大防法二条四項所定の大気汚染物質をいう。燃焼などの熱処理に伴わないで、物の機械的処理による破砕やたい積によって空気中に飛散する物質である。

ばいじん等……本判決において「ばいじん等」という場合には、大防法二条一項二号のばいじん及び三号所定の有害物質の総称として使用する。

大気中粒子状物質……大気中に存在するあらゆる微粒子の総称である。

降下煤塵……大気中粒子状物質のうち、重力、雨等によって降下するものである。

浮遊粉塵……大気中粒子状物質のうち大気中に浮遊しているすべての粒子状物質である。

浮遊粒子状物質(SPM・PM10)……浮遊粉塵のうち粒径が一〇μm以下であるものをいう。環境基準が設定された大気汚染物質である。

PM2.0……浮遊粒子状物質のうち粒径が二μm以下であるものをいう。

PM2.5……浮遊粒子状物質のうち粒径が2.5μm以下であるものをいう。

微小粒子……本判決においては粒径の表示なしに、単に「微小粒子」という場合には、PM2.0をいうものとする。

粗大粒子……本判決においては粒径の表示なしに、単に「粗大粒子」という場合には、浮遊粒子状物質のうち粒径が二μm以上一〇μm以下であるものをいうものとする。

環境基準……公基法九条に基づき、大気の汚染に係る環境上の条件について、「人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」として政府が定めた基準である。

環境基準は改定されているが、本判決において環境基準という場合には、特に断りのない限り、現行の環境基準をさす。

公害防止計画……公害対策基本法一九条に基づき、国が基本方針を定め都道府県知事が定める「公害防止に関する施策に係る計画」

一日平均値……一時間を単位として整理された大気汚染物質の測定結果(一時間値)の一日分の平均値又は二四時間を単位として整理された大気汚染物質の測定値をいう(昭和四八年六月一二日環大企第一四三号環境庁大気保全局長通知により、二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質に関しては一時間を単位として測定結果を整理すべきとされているが、二酸化窒素については一時間又は二四時間のいずれを単位として測定結果を整理してもよいとされている。)。

一日平均値の98%値……昭和四八年六月一二日環大企第一四三号環境庁大気保全局長通知により、大気汚染の状態を環境基準に照らして長期的評価を行う場合に使用すべきとされた統計数値であり、ある程度長期の評価期間(普通は一年)の有効測定日の全ての一日平均値のうち、上位二パーセントを除外した中で最も高い一日平均値を意味する。

新環境基準は、いずれも一時間値の一日平均値で環境基準を定めているが、右通達により、年単位といった長期的な視野で大気汚染の状態が環境基準に適合しているかどうかの評価を行う場合には、測定精度その他の特殊事情によって左右されないように、一日平均値の測定値のうち高い方から二パーセントの範囲内にあるもの(三六五日の測定値がある場合には七日分の測定値)を除外した数値を使用するものとされ、ただし、一日平均値につき環境基準を超える日が二日以上連続した場合には、このような取扱いをしないものとされている。

すなわち、① 全ての一日平均値のうち上位二パーセントを除外した数値のうち最も高いもの(一日平均値の九八パーセント値)が環境基準を上回っている場合、② 環境基準を超える一日平均値が二日以上連続した場合には、いずれも、長期的にみて、大気汚染の状態が環境基準に適合していないと評価されることになり、そうでなければ、環境基準に適合しているものと評価されることになる。

本判決においては、特段の断りのない限り、一日平均値の九八パーセント値とは、当該年度(暦年ではなく、四月一日から翌年三月三一日までの一年間)の九八パーセント値として使用する。

導電率法……大気中の二酸化硫黄の測定方法として環境基準で定められた溶液導電率法であり、硫酸酸性の過酸化水溶液に試料ガスを通したときの吸収液の導電率の変化から試料ガス中に含まれる二酸化硫黄濃度を連続的に測定する測定方法である。

二酸化鉛法……二酸化鉛を塗布した布(通常一〇センチメートル四方の大きさ)を巻き付けた円筒を容器に入れて一定期間(通常一か月程度)大気中に放置し、生成された硫酸鉛から大気中に存在した硫黄酸化物を測定する測定方法である。

SO3mg……二酸化鉛法による測定値の単位の表記として使用する。二酸化鉛法によって大気中の硫黄酸化物を測定した場合には、測定期間中の硫黄酸化物の濃度は、一日当たりの一〇〇平方センチメートル当たりの無水硫酸(SO3)の重量に換算した値により「SO3mg/一〇〇cm2/日」という単位で表記されるのが通常である。本判決においてはこれを短縮して「SO3mg」とだけ表記する。

ザルツマン法……大気中の二酸化窒素の測定方法として環境基準で定められたザルツマン試薬を用いる吸光光度法であり、試料ガスをザルツマン吸収液に吸収し、亜硝酸イオンとザルツマン試薬とが反応して生成されるアゾ染料の吸光度を測定して二酸化窒素の濃度を測定する方法である。

ザルツマン係数……ザルツマン法による測定結果から二酸化窒素濃度を割り出す計算に用いられる二酸化窒素の亜硝酸イオンへの変換係数である。かつては「0.72」とされ、この係数を使用して測量結果が公表されていたが、この係数は現実の変換状態を正確に表現してはいないとして、昭和五三年八月一日付け大気保全局企画課長通知(環大企第二八七号)によって「0.84」に改められた。したがって、ザルツマン係数を0.72とする測定値(昭和五二年以前の測定値)を現在のザルツマン係数で計算した測定値に置き換える場合には、以前の測定値に0.857(0.72÷0.84)を乗じて測定値を換算する必要が生じることになる。

K値規制方式……大防法施行規則三条が定める硫黄酸化物の許容排出量の上限を次の計算式で算出する方式をいう。この方式の場合には、煙突の高さが高くなるほど許容排出量が大きくなる。

q=K×10-3He2

q:硫黄酸化物の許容排出量(Nm3/h)

K:政令により地域ごとに定められた定数

He:有効煙突高さ(m)

有効煙突高さ……現実の煙突等の排出口の高さに煙の上昇高さ(運動量による上昇高さ及び浮力による上昇高さ)を加えた数値であり、一定の計算式によって補正された計算上の煙突等の排出口の高さである。煙突等からの排煙は、有効煙突高さから風による拡散が始まるとされている。大防法三条二項一号及び大防法施行規則三条二項所定の有効煙突高さの計算式は、有効煙突高さに関す計算式のひとつである。

特異的疾患……公健法二条二項にいう疾患であり、原因とされる汚染物質とその疾病との間に特異的な関係があり、その物質がなければその疾病が起こり得ないとされている疾病をいう。

非特異的疾患……その疾病の発病の原因となる特定の汚染物質が証明されていない疾病をいう。

慢性閉塞性肺疾患……本判決において「慢性閉塞性肺疾患」という場合には、慢性気管支炎及び肺気腫を指し、気管支喘息(及び喘息性気管支炎)を含まない用語として使用する。

BMRC式質問票……BMRCが一九六〇年(昭和三五年)に発表し一九六六年(昭和四一年)及び一九七六年(昭和五一年)に改定した「呼吸器症状に関する質問票」に準拠して日本語で作成され、わが国の疫学調査で使用された質問票をいう。

持続性咳・痰……BMRC式質問票の「そのような咳が毎年(少なくとも二年以上連続して)三か月以上殆ど毎日のように出ましたか」という趣旨の質問及び「そのような痰が毎年(少なくとも二年以上連続して)三か月以上殆ど毎日のように出ましたか」という趣旨の質問のいずれにも「はい」と答える場合の症状をいう。

ATS式質問票……疫学調査に用いる呼吸器症状(喘息様症状を含む)の問診用にATSの肺疾患部会(Divi-sion Lung Disease)が考案した標準質問票に準拠して日本語で作成され、わが国の疫学調査で使用された質問票をいう。

喘息様症状・現在……ATS式質問票において

①「これまでに胸がゼーゼーとかヒューヒューして急に息が苦しくなる発作を起こしたことはありますか」「そのような発作は今までに二回以上ありましたか」「医師にぜん息様気管支炎又は小児ぜん息といわれたことがありますか」「そのとき、息をするとゼーゼーとかヒューヒューという音がしましたか」「そのとき、ゼーゼーとかヒューヒューして急に息が苦しくなりましたか」という趣旨の質問のいずれにも「はい」と答えた場合で、かつ、

②「この二年間に上の質問『息をするとゼーゼーとかヒューヒューする発作』『息が苦しくなる発作』のいずれかに該当する発作(症状)を起こしたことがありますか」「この二年間に、ぜん息、ぜん息性気管支炎又は小児ぜん息で治療を受けたことがありますか」のいずれといわれたことがありますか」「そのとき、息をするとゼーゼーとかヒューヒューという音がしましたか」「そのとき、ゼーゼーとかヒューヒューして急に息が苦しくなりましたか」という趣旨の質問のいずれにも「はい」と答えた場合の症状をいう。

オッズ比相対危険度……二つの人間集団における疾病あるいは疾病の症状などの健康影響指標が発生する確率(リスク)の比をいう。

米国大気質基準(NAAQC)……米国において、大気清浄法(Clean Air Act)一〇八条及び一〇九条b(1)に基づき、感受性の高い人を含む公衆の保護が図られる環境中の大気汚染物質の最大許容レベル、すなわち、いわゆる「一次基準」として定められた基準をいう。

事案及び理由

第一編 申立て等

第一 申立て

一 原告ら(請求の趣旨)

1 被告らは、被告国において、国道二号線及び国道四三号線を自動車の走行の用に供することにより、被告公団において、大阪神戸線を自動車の走行の用に供することにより、原告ら(ただし死亡原告及び承継人原告を除く)に対し、その居住地において、二酸化窒素につき一時間値の一日平均値0.02ppmを、浮遊粒子状物質につき一時間値の一日平均値0.10mg/m3又は一時間値0.20mg/m3を超える汚染となる排出をしてはならない。

2 被告らは、各自、次の金員を支払え。

(一) 原告番号三七、四三、四四、五〇の二、六五、七五の二、九六の二、九八の二、一二五、一四〇の二、一五五、二一三、二八八の二、三六六、三七〇、三七一の二及び四二五の二の原告らそれぞれに対し、各三六〇〇万円(うち六〇〇万円は弁護士費用)及びこれに対する平成元年一〇月三一日から各完済まで年五分の割合による金員

(二) 原告番号五一〇の二の原告に対し、三六〇〇万円(うち六〇〇万円は弁護士費用)及びこれに対する平成八年四月六日から各完済まで年五分の割合による金員

(三) 原告番号五四、九〇、一三〇、一八九、一九一、二一九、三五四、三七六、三九五の原告らそれぞれに対し、各一八〇〇万円(うち三〇〇万円は弁護士費用)及びこれに対する平成元年一〇月三一日から各完済まで年五分の割合による金員

(四) 原告番号五〇一ないし五〇九の原告ら及び五一一ないし五一五の原告らそれぞれに対し、各二四〇〇万円(うち四〇〇万円は弁護士費用)及びこれに対する平成八年四月六日から各完済まで年五分の割合による金員

(五) 右以外の原告らそれぞれに対し、各二四〇〇万円(うち四〇〇万円は弁護士費用)及びこれに対する平成元年一〇月三一日から各完済まで年五分の割合による金員

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

二 被告ら

1 (本案前の答弁)

請求の趣旨1項の請求に係る被告らに対する訴えをいずれも却下する。

2 (本案の答弁)

原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は原告らの負担とする。

4 担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二 原告らの請求の要旨

一 原告らは、尼崎市市街地の南側(臨海地帯)に位置する訴外工場から排出される二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粒子状物質等の大気汚染物質(以下「訴外工場排煙」という。また、固定排出源から排出される大気汚染物質を「工場排煙」ともいう。)及び本件道路から排出される大気汚染物質である自動車排出ガス(以下「本件道路排煙」という。また、道路から排出される自動車排出ガスを「道路排煙」ともいう。)が、尼崎市の大気汚染を形成しているとの事実関係を前提として、① 訴外工場の近隣において、大量の道路排煙をまき散らすことになる本件道路を設置し漫然と長年供用し続けたという道路の設置又は管理の瑕疵によって、② 本件道路排煙と訴外工場排煙とが混じり合って本件患者の身体が侵襲され、③ このことによって本件患者が呼吸器疾患に罹患し、人身損害を被ったのであり、④ 本件道路の管理者である被告らは、訴外会社と共同して本件患者の人身損害をもたらしたものとして国賠法二条一項及び民法七一九条に基づき、本件患者の人身損害を賠償する責任があるとし、さらに、⑤ 原告らが日常生活において健康を維持するためには、環境基準(二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質については現行の環境基準、二酸化窒素については旧環境基準)が本件患者の居住地において維持・達成されていなければならないが、本件道路の供用が続けられる限り、右環境基準に適合しない大気の汚染状態を発生するおそれがある、⑥ そのため、環境権又は人格権に基づき、被告らに対し、右環境基準に適合しない汚染状態をもたらすような自動車排出ガスの排出を差し止める必要があるとの請求原因を主張して、請求の趣旨のとおりの損害賠償請求及び排出差止請求(以下「本件差止請求」という。)を行うものである。

二 原告らは、主位的に、本件患者に生じた全損害の賠償額(包括的評価に係る損害額)の一部請求として請求の趣旨2項に記載の金額の支払を求めるものであり、予備的に、本件患者に生じた損害のうち非財産的損害の賠償金(慰謝料)の支払を求めるとともに、請求額に対応する弁護士費用の損害賠償を求めるものである。

なお、損害賠償請求に係る付帯請求は、本件訴状が送達された日の翌日から完済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求である。

三 損害賠償請求の主体は、現に生存している患者原告及び死亡患者の損害賠償債権を承継したとする承継人原告の双方であり、本件差止請求の主体は患者原告のみである。

第三 本判決の記述の順序

本件においては、本案前の問題として、本件差止請求に係る訴えの適法性が争われているほか、本案においても請求原因の要点全てが争いになっており、当事者の主張も複雑多岐にわたっている。

そこで、かなり大部のものとなるが、次の第二編において争点の摘示の前提となる本件紛争の背景全般に係る事実関係(以下「基礎的事実」という。なお、事実は括弧内に挙げた証拠によって認定した。)を摘示し、その後に争点(第三編)及び争点に関する当事者の主張(第四編及び第五編)を摘示したうえ、当裁判所の判断(第六編)を示すこととする。そして、第六編では、まず、第一章ないし第四章において、さらに争点に対する判断に必要となる事実関係(以下「認定事実」という。)を摘示し、第五章ないし第一一章において、各争点に対する判断を示すこととする。

第二編 争点の摘示の前提となる基礎的事実〈省略〉

第三編 争点の摘示

第一 争点一(共同不法行為の成否)について

原告らは、訴外工場排煙と本件道路排煙との間には、民法七一九条一項にいう「共同」の関係(関連共同性)が存在することを前提として本件請求を行っている。

尼崎市の大気汚染が、本件道路排煙並びに訴外工場排煙を含む尼崎市及びその周辺の工場排煙及び道路排煙によって形成されていることは、基礎的事実第一章及び第七章のとおりであり、被告らにおいても、到達濃度や到達量は別として、本件道路排煙が大気中を漂って尼崎市の大気汚染に一定範囲で寄与していること自体を争うわけではないが、原告ら主張の関連共同性については争っている。

そこで、因果関係の判断を行う前提として、本件道路排煙の規模・態様がどのようなものであり、これと訴外工場排煙との間に関連共同性があるのかないのかを判断する必要があるため、共同不法行為の成否が争点一となる。

第二 争点二(集団的な因果関係)について

一 本件において、本件道路の瑕疵を原因として国賠法二条一項に基づく損害賠償請求権が成り立つためには、本件道路排煙が原因となって本件患者に人身損害、すなわち、指定疾病の症状の発生又は症状の増悪(症状が頻発すること又は症状の自然寛解が妨げられることをいう。以下「増悪」という場合は同様である。)という健康被害が生じたという因果関係が存在することが必要となる。

しかしながら、指定疾病は大気汚染以外の様々な因子によっても発症・増悪するものであって、臨床症状や検査結果を検討することによって大気汚染が指定疾病の発症・増悪をもたらしたとの因果関係を、本件患者個々人について医学的・臨床的に判定することができない。このことは、公健法制定の当時も今日も変わりがない。

二 公健法の救済制度は、既にみたように(基礎的事実第五章第四の一)、患者個々人について医学的・臨床的に因果関係を判定することが不可能であることを前提としながら、一定の枠組みによって因果関係の判定を行うことを是として制定され運用されてきたが、公健法による因果関係の判定手法は、民事上の賠償責任とは無関係の行政的救済制度を運用する便法として考案されたというものではなく、自然科学の水準に照らして、他に拠るべき判定手法が存在しない状況下での最善の手法として採用されたものである。このことは、中公審昭和四八年四月五日付け答申(公害に係る健康被害損害賠償保障制度について)が述べるところからも明らかである(もっとも、公健法は、個々の患者が当該第一種地域の大気汚染が存在する以前に発症したのかどうかという点を問題としないで因果関係を認定することにしており、指定疾病の発症の因果関係と症状の増悪の因果関係を区別した判断の枠組みを有していない。)。

三 因果関係の判定手法について右答申が述べるところは、基本的には今日でも妥当なものであって、本件においても、因果関係の有無を判断するためには、まず最初に、疫学その他の科学的知見に照らし、どのような大気汚染がどの程度の強さで指定疾病を発症・増悪させるのかを検討したうえで、尼崎市の大気汚染が指定疾病の発病・増悪因子となり得ることが肯定されなければならない。この第一段階の作業は、一定の大気汚染が存在する地域とその地域の人口集団との間の、いわば「集団的な」因果関係の検討であり、公健法における第一種地域の指定と同様の作業である。

次に、尼崎市において一定の時期・一定の地区における集団的な因果関係が肯定された場合(すなわち、指定疾病の発症・増悪因子となり得る大気汚染が存在したと認められる場合)には、その次に、個々の本件患者の指定疾病について、大気汚染との間の因果関係がどの程度まで確からしいのかを検討するという第二段階の検討が必要となる。この第二段階の作業は、集団的な因果関係が存在することを前提とする、いわば「個別的な」因果関係の検討であり、公健法における疾病罹患の認定及び暴露要件の認定と同様の作業である。

四 右のとおり、本判決では、本件患者の指定疾病の発症・増悪と大気汚染との間の因果関係を確定するため、まず、尼崎市において指定疾病の発症・増悪因子となる程度の大気汚染が存在したかどうかという点、いわば集団的な因果関係の有無を確定する必要があり、この点を争点二とすべきである。

五 なお、尼崎市の第一種地域の指定(昭和四五年及び昭和四九年・図表九①)は、その指定時期までの集団的因果関係を肯定するための有力な事情のひとつではあるが、どのような事実認定及び検討を経て指定に至ったのかという指定作業の詳細が全く不明である以上、第一種地域に指定された事実から、直ちに、その指定時期までに尼崎市の第一種地域の全域で指定疾病の発症・増悪因子となる程度の大気汚染が存在したとの事実を推認することはできない。

また、大気汚染の様相は年代によっても相当に異なるから、第一種地域に指定された事実は、指定時期以後も尼崎市の第一種地域の全域で指定疾病の発症・増悪因子となる程度の大気汚染が存在したとの事実を裏付ける有力な事情のひとつとなるとはいえない。

したがって、尼崎市において第一種地域の指定がされた事実は、争点二に対する判断に直接的な影響を及ぼすと考えることができない。

第三 争点三(個別的な因果関係)について

争点二の判断において集団的な因果関係が肯定された場合には、個別的な因果関係の検討が必要になるから、これが争点三となる。

争点三の判断においては、まず、本件患者が指定疾病に罹患しているのかどうかという事実認定が問題となり、その次に、罹患の事実が肯定された場合に、これと尼崎市の大気汚染との間の因果関係がどの程度確からしいのかを検討することになるが、本件患者が認定申請時に指定疾病に罹患している旨の認定を受けていること及び本件患者が公健法所定の暴露要件を充足していることは、いずれも、基礎的事実第六章第三のとおりである。

したがって、争点三における問題は、公健法による認定が持つ意味を検討することから始まるものである。

第四 争点四(被告らの責任原因)について

右争点一ないし三を通じて、本件道路排煙によって本件患者の健康被害が発生したという関係が肯定された場合には、被告らの責任原因が問題となり、これが争点四となる。

第五 争点五(損害賠償の額)について

原告らの主位的な損害賠償請求が許容されるべきものかどうか、本件患者が被った損害額及び被告らが賠償すべき損害額はいくらか、さらには、損害発生について大気汚染以外の原因が競合している場合にそのような他原因をどのように斟酌すべきかが争点五となる。

第六 争点六(損害賠償債権の消滅時効の成否)について

被告らは、本件請求に係る損害賠償債権の成否自体を争っているほか、損害賠償債権が成立していたとしても、既に、民法七二四条所定の三年の短期消滅時効によって消滅していると主張し、その消滅時効を援用している。

そこで、原告らの被告らに対する損害賠償債権の消滅時効の成否が争点六となる。

第七 争点七(差止請求の可否)について

一 給付訴訟における訴訟上の請求は、訴訟物が特定されているのかという点のみならず、給付条項としての明確性に欠けることがなく、かつ、強制執行が可能なものでなければならないから、本件差止請求が、右の三つの観点から適切なものであることが肯定されて初めて本件差止請求に係る訴えが適法であるということになる。

争点七においては、まず、右の観点から患者原告の差止めの訴えの適法性を検討することになる。

二 争点七においては、本件差止請求に係る訴えの適法性が肯定された場合、患者原告各人に人格権又は環境権に基づく差止請求権が発生しているかどうかを判断することになる。

第四編 争点に関する原告らの主張〈省略〉

第五編 争点に関する被告らの主張〈省略〉

第六編 当裁判所の判断

第一章 尼崎市の大気汚染の状況(事実認定)〈省略〉

第二章 本件道路排煙の規模等(第三を除き事実認定)〈省略〉

第三章 大気汚染物質の生体影響(事実認定)〈省略〉

第四章 大気汚染に係る健康影響調査(疫学調査)(事実認定)〈省略〉

第五章 争点一(共同不法行為の成否)に対する判断

第一 共同不法行為の要件と効果

一 民法七一九条一項前段の共同不法行為の要件と効果

民法七一九条一項前段(以下「前段」という。)は、「数人カ共同ノ不法行為ニ因リテ他人ニ損害ヲ加エタルトキハ各自連帯ニテ其賠償ノ責ニ任ス」と規定する。

複数の行為者の違法な行為によって損害が発生した場合(行為者それぞれにつき不法行為が成立する場合)、民法の根本原則である私的自治の原則から導かれる自己責任の原則からすれば、行為者はそれぞれ自己の行為によって生じた損害についてのみ責任を負えばよく、他の行為者の行為によって生じた損害についてまで責任を負うべき義務は生じない。

しかし、複数の行為者の行為によって損害が発生する場合、その行為者間の関係、関与の態様、各人の行為の内容、被害の態様、因果関係の系列などは千差万別であり、被害者側がそれらの詳細を把握して立証することは、困難を伴うことが多い。

前段の規定は、右のような被害者側の証明の困難性を考慮し、被害者保護の観点から、複数の行為者の行為が「共同の行為」と評価できるものである場合(各行為者の行為に関連共同性がある場合)には、被害者は、各行為者の行為間の関連共同性の存在と、その共同行為と結果との間の因果関係を立証することによって(これにより個別行為と結果との間の因果関係は法律上推定される。)、共同行為によって発生した結果の全部について賠償を求めることができ、共同行為者は各人の行為と結果との間の個別的因果関係の不存在を理由とする減免責を主張することは許されない(共同行為者各自は全員の行為の結果について全部連帯責任を負う)ことを定めたものと解するのが相当である。

このように、前段の規定は、複数行為間の関連共同性を要件とすることによって、共同行為者の各人に対して共同行為による結果の全部責任を負わせるという点で自己責任の原則を修正した特殊の不法行為を規定したものであるから、そこでいう関連共同性については、行為者間に主観的な共同関係(共謀、教唆、幇助等の意思的関連)があることまで必要ではなく(それが存在すればもちろん関連共同性は肯定される。)、結果の発生につき各行為が客観的に関連し共同していることで足りるが、その各行為が発生した結果との関係で社会観念上一体をなすものと認められる程度の緊密な関連があることを必要とするものと解すべきである。そして、右の関連共同性の有無については、本件事案(大気汚染)に即していえば、汚染物質排出行為者間の資本的・経済的・組織的な結合関係の有無・程度、汚染物質排出施設の立地状況、汚染物質の種類、その排出の態様、排出量、汚染への寄与度、汚染物質の排出防止策とそれについての相互関与関係の有無、その他の客観的要素を総合して判断することになる。

二 民法七一九条一項後段の共同不法行為の要件と効果

民法七一九条一項後段(以下「後段」という。)は、「共同行為者中ノ孰レカ其損害ヲ加ヘタルカヲ知ルコト能ハサルトキ」も、共同行為者は同項前段の連帯責任を負う旨規定する。

右規定は、被害者の権利侵害の結果を発生させるに足りる複数の加害行為が特定され、そのどの一つの行為をとってみても、他方の行為さえなければ結果との間の因果関係が推認されるような客観的な状況(各行為間の択一的関係)がある場合に、右複数行為者のうちの誰の加害行為によって当該結果が発生したのかが不明(加害者不明)の場合について、どの特定の行為者の加害行為(個別行為)から結果が発生したのかという個別的因果関係に関する被害者の証明困難を救済するとともに、加害行為者が単独であればそれと結果との間の因果関係が推認されるのに、たまたま複数の行為者が関与したということによって被害者が証明困難に陥り、そのためいずれの行為についても結果との因果関係が不明となり、いずれの行為者もその責任を免れるということになる不合理な結果を避けるために、個別的因果関係を推定する趣旨のものである。

したがって、後段の規定する共同不法行為の場合には、結果発生の原因となった個別行為が複数あるのではないから、結果との間に事実的因果関係のある「共同行為」というものがあるわけではなく(この点で前段の共同不法行為と異なるのである。)、結果との因果関係の推認を紛らわせる関係にあるという複数の行為が各別にあるにすぎないのである。後段は、右のような、結果に対して因果関係を推認し連帯責任を負わせる複数の行為を「共同行為」としているにすぎないものであり、その複数行為間の関係は、結果と因果関係のある行為者は特定された複数行為者のうちの誰かであるという択一的関係があれば足りるのであり、その間に前段の趣旨の関連共同性は必要でなく、偶然の関係にある場合でもよいものと解される。

後段の規定は右の趣旨のものであるから、右「共同行為」者は、自己の行為(個別行為)と結果の全部又は一部との間に因果関係(個別的因果関係)が存在しないことの証明(反対事実の本証)をすれば、その責任(全部連帯責任)の全部又は一部を免れることができるものと解されるのである。

三 競合的不法行為とその責任

本件のような都市型複合大気汚染の場合は、汚染物質の発生源が多数で、しかも多種多様であり、自然発生のものまで存在し、それらが不可分一体となって汚染状態を形成しているものである。その中には、同一の損害(健康被害)を発生させる大気汚染が不特定多数の者の汚染物質排出行為によって形成されているが、その中の特定の数人の者の排出物質だけで損害の全部又は一部を発生させるに足りる程度に達していることが認められる場合がある。そのような場合でも、前段の関連共同性が認められない場合には、民法七一九条一項の要件を欠くことになる。

しかし、右のような複合大気汚染により健康被害が生じている場合に、その汚染物質発生源の全部を特定し、その各発生源からの排出物質と健康被害との個別的因果関係を立証することは極めて困難なことであると考えられ、その立証を被害者に要求することは右被害の回復の途を閉ざすことにもなりかねないし、健康被害の結果が現実に発生し、その結果に対する原因の全部又は一部を構成するに足りる汚染物質の排出行為者が特定されるのに、大気汚染を形成している汚染物質排出行為間の関連共同性が存在しないというだけで、その被害の救済ができないというのでは不法行為法の理念にもとることにもなる。

したがって、右のような場合には、特定し得る汚染物質排出行為間に前段の関連共同性がない場合でも、結果に対するある程度の原因力を構成するに足りる汚染物質排出行為者が特定されるような場合には、後段の規定が類推適用されるものと解するのが相当である。

すなわち、被害者(原告)は、不特定多数の汚染物質排出行為者のうちの特定の複数の者の行為が合わさって、現実に生じている結果の全部又は一部を発生させるに足りる危険性のある違法行為をしていることの証明責任を負い、被告は、自己の行為が結果の全部又は一部の発生に因果関係をもたないこと(結果に対する自己の行為の寄与の不存在又は程度)についての証明をすることによって、減免責を主張することができるものと解すべきである。

四 国賠法二条一項所定の事由と共同不法行為の成否

被告らは、国賠法二条一項の責任要件と民法七〇九条(不法行為)の責任要件は異なるから、道路の設置・管理の瑕疵と第三者の過失行為が競合して損害を発生させた場合には、それぞれの要件を充足する限度において賠償責任が競合するだけで、共同不法行為が成立することはない旨主張する。

民法七一七条(工作物責任)の責任は不法行為責任の一種であり(民法七〇九条が責任の基礎となる違法評価の対象を「行為」とし、過失責任責任主義をとるのに対して、民法七一七条は、違法評価の対象を工作物の状態とし、無過失責任主義をとっているものにすぎない。)、国賠法二条一項は、民法七一七条と同趣旨の同条の特別法である。そして、公の営造物の瑕疵と第三者の違法行為が競合して他に損害を与えることはあり得ることである。

したがって、国賠法二条一項の責任原因事由(営造物の瑕疵)と第三者の過失行為が競合ないし関連して損害が発生した場合についても、民法の共同不法行為に関する規定は適用される。また、管理者が異なる複数の公の営造物の瑕疵(国賠法二条一項の責任事由)が競合ないし関連して損害を発生させた場合も右と同様に解される。

第二 本件道路排煙と訴外工場排煙との間の関連共同性について

一 訴外工場は尼崎市の市街地の南側に、本件道路は尼崎市の市街地の南端(国道四三号線及び大阪西宮線)又は市街地の南寄り(国道二号線)に位置し、訴外工場及び本件道路は、概ね南北数キロメートルの範囲内に位置しており、比較的近接して位置している。そのような位置関係に加えて、尼崎市が工場排煙及び道路排煙のうち窒素酸化物について行った拡散計算の結果(基礎的事実第七章第三)によれば、訴外工場排煙と本件道路排煙とは、尼崎市南部を中心とするある程度の広がりを持った範囲で大気中に入り混じって拡散し、住民に到達したものということができる。

二 しかしながら、訴外工場排煙と本件道路排煙との間には次のような相違点がある。

1 大気汚染物質の到達態様の相違

(一) 訴外工場排煙は、本件道路排煙と比較して非常に大量であるが、大部分は五〇メートルを超える高煙突から排出されており、訴外工場の周辺に局所的な大気汚染をもたらすのではなく、尼崎市南部を中心とする広い範囲に大気汚染物質を到達させ、訴外工場排煙が巨大規模の場合には広域汚染を形成し、排出規模が低下すると「広く薄く」汚染を形成する。

(二) これに対し、尼崎市の道路排煙の絶対量は工場排煙の絶対量と比較してかなり少ないものであるが、尼崎市の自排局あるいは国道四三号線沿道の二酸化窒素の測定値が一般局のそれよりもかなり高い(認定事実第一章第四及び第五)。道路排煙は、地上付近が発生源であるから、道路近辺では非常に高濃度であって、道路から離れるにしたがって急速に濃度が低下する(認定事実第二章第四)。

したがって、本件道路排煙は、道路沿道で高濃度の局所的な大気汚染を発生させるということができ、逆に、その絶対量が工場排煙よりもかなり少ないため、本件道路から離れた場所まで大気汚染を形成するとはいい難いということになる。

2 排出抑制策の相違

(一) 工場排煙の排出抑制策は、硫黄酸化物については、まず、硫黄分の少ない燃料への転換が最も削減効果が大きく、根本的な削減策は排煙脱硫装置の設置である。窒素酸化物については、燃焼方法の改良には限度があり、排煙脱硝装置の設置が効果的である。ばいじん(粒子状物質)については、工場屋家の改良や集塵設備の設置が必要である。

これら工場排煙の抑制策は、多額の設備投資が必要となるが、公害防止協定が締結されたことに典型的にみられるように、地域の工場経営者、特に大規模工場の経営者が地方自治体と互いに協力することによって、ある程度横並びで実施することも可能である。そして、その際には、法律及び条例による規制以外に、地方自治体による行政指導というものが事実上大きな影響力を有する。

また、工場排煙による大気汚染の抜本的な対策としては、工場の市街地近辺からの移転や新規立地の制限などがあるが、これについても、地方自治体による規制や行政指導が大きな影響力を有する。

(二) 道路排煙の排出抑制策としては、自動車単体に対する排出規制が最も有効であるが、道路沿道の局所的な大気汚染を抑制するためには、交通量の抑制、道路の車線削減などの方策がある。

これら道路排煙については、これを発生させているのが不特定多数の自動車運転者であって、地方自治体の行政指導や地域の工場経営者との協力で何らかの対応を行うことが期待できない。

3 排煙の組成の相違

(一) 訴外工場排煙にも本件道路排煙にも、共通して、硫黄酸化物、浮遊粒子状物質及び窒素酸化物が含まれていることは、基礎的事実及び認定事実から明らかであるが、そのことから、直ちに、両者をひとまとめにして健康影響を論じることについては次のような疑問がある。

(二) 訴外工場からも本件道路からも大量の窒素酸化物が排出されていることは、基礎的事実及び認定事実から明らかであり、窒素酸化物に関する限り、その両者が尼崎市、特に尼崎市南部地域の主要汚染源であるといって差支えがない。

しかしながら、後記のとおり、過去に尼崎市において測定されたレベルの二酸化窒素が指定疾病の発症・増悪の原因となるとは認められないから、窒素酸化物を取り上げて、訴外工場排煙と本件道路排煙に共通する健康被害を論じることはできない。

(三) 次に、硫黄酸化物に関する限り、訴外工場排煙と本件道路排煙に共通する健康被害を論じることはできるが、両者の排出量には余りにも大きな隔たりがある。

すなわち、昭和四九年度の硫黄酸化物年間排出量は、尼崎市内の主要工場全体が八五六四トン(図表一五)、尼崎市立地の訴外工場が五一五一トン(図表一八)であるのに対し、本件道路は六九トン(図表二四⑨)にすぎず、本件道路からの硫黄酸化物排出量は、尼崎市内の排出量の一パーセントにもならない。

しかも、昭和四九年度というのは、尼崎市において硫黄酸化物による大気汚染が急激に緩和された時点であって、硫黄酸化物による大気汚染が著しかった昭和四〇年代中ごろで比較すれば、本件道路からの硫黄酸化物の排出量は、尼崎市内の主要工場からの排出量の0.1パーセントにもならないと推測されるところである(交通量の推移に照らして、本件道路からの昭和四〇年代のいずれの年の硫黄酸化物の排出量も、昭和四九年度の数値と大差がないと思われる。)。

硫黄酸化物の総量規制が行われた際も、道路排煙は考慮の対象外とされていたのであって、硫黄酸化物に関しては、訴外工場排煙と本件道路排煙の排出量の隔たりの程度に照らし、両者をひとまとめにして健康影響を論じることの妥当性には疑問がある。

(四) 浮遊粒子状物質及び微小粒子に関する東京都の調査結果(基礎的事実第四章第三の四、図表七⑤ないし⑦)からも明らかなとおり、浮遊粒子状物質の組成は、発生源ごとに様々であって、訴外工場由来の浮遊粒子状物質と本件道路由来の浮遊粒子状物質との組成も概ね似たようなものと考えてよいのかどうか疑問の余地がある。

三 訴外工場の立地と本件道路との関係をみると、訴外工場は、明治四一年から昭和三一年までの随意の時期(熱化学と中山工業を除いて戦前)に、それぞれの経営判断で現在の位置に立地し、それぞれが操業を開始したのであり、その立地時期には、国道四三号線も大阪西宮線も存在せず、国道二号線も産業道路として整備されていたわけでもなく、そもそも、戦前においては、現在のように貨物自動車による陸上輸送が重化学工業の生産活動にどの程度寄与していたのかも疑問であって、本件道路を含む尼崎市南部の道路網と密接に関連して訴外工場が立地したということは到底できない。

本件道路は、いずれも、不特定多数の国民が自由に利用できるように設置され供用されたものであって、特に、訴外工場との間の特別な利用関係を意図して設置されたものではない。確かに、国道四三号線に限っていえば、これが大阪湾深部(大阪市、尼崎市、神戸市等)の臨海工業地域の産業基盤の整備という大きな目的の下に設置されたのであるが、それでも、訴外工場に出入りする車両の割合が特筆すべき割合に達しているといった事情を認めるに足りる証拠も見当たらない。

四 以上の諸点に、訴外工場(訴外会社)と本件道路(被告ら)との間に、資本的・経済的・組織的な結合関係や、訴外工場排煙の抑制策に対して本件道路の設置・管理者たる被告らが、本件道路排煙の抑制策に対して訴外工場の経営者たる訴外会社が、それぞれ関与するという関係にあるとは認められないことを合わせ考慮すれば、訴外工場排煙と本件道路排煙との間には、入り混じって住民に到達しているという関係が存在するだけであって、それらが全体として一体の排煙に係るものとまで認めることはできない。したがって、訴外工場排煙と本件道路排煙との間に前段の関連共同性を肯定することはできない。

また、前記の訴外工場排煙と本件道路排煙の各到達の態様・組成・排出量の相違や、後述のとおりの右各排煙の健康被害に対する原因力の相違等を総合考慮すれば、訴外工場排煙と本件道路排煙との間に後段の規定の類推適用を認めることもできない。

五 したがって、本件道路排煙と訴外工場排煙とは、いずれもが尼崎市の大気汚染を形成した主要な原因であるとしても、これによる健康被害に係る損害賠償責任を論じるうえでは、それぞれ独立の侵害行為として因果関係を検討すべきこととなる。

第三 本件道路の各道路排煙間の関連共同性について

一 国道四三号線と大阪西宮線の各道路排煙間の関連共同性について

1 国道四三号線を設置管理する被告国と大阪西宮線を設置管理する被告公団とは次のとおりの関係にある。

(一) 被告国は被告公団の資本金の一部を出資する(阪神高速道路公団法四条)。

(二) 建設大臣は、被告公団の予算、事業計画等の議決機関である管理委員会の委員の任命権(同法一一条)及び解任権(同法一四条)並びに被告公団の代表機関である理事長及び監査機関である監事の任命権(同法一九条、二〇条)を有する。

(三) 建設大臣は、被告公団の自動車専用道路で都市計画において定められたものの新設、改築、維持その他の管理業務について基本計画を定め、これを被告公団に指示し(同法三〇条、二九条)、また、被告公団を監督し、被告公団に対してその業務に関し監督上必要な命令を出すことができる(同法四五条)。

2 大阪西宮線は、尼崎市内において、国道四三号線の真上に設置され、国道四三号線と二階建構造の道路を形成しているところ、その道路排煙は、一二メートルないし一五メートルの高さの路面に設置された遮音壁の上端(一五メートルないし一八メートル)付近から大気中に拡散するから、その道路排煙のうち多くの部分は、道路近くの地上付近には到達しないまま遠方に拡散してしまう傾向にあるが、弱風時あるいは道路と並行の風向時には、やはり、道路近くの地上付近に相当の割合で到達する(認定事実第四章第四)。

したがって、大阪西宮線の道路排煙は、その寄与割合は大きくないとしても、国道四三号線の道路排煙と不可分一体となって、国道四三号線沿道の局所的な大気汚染を形成しているものといわざるをえない。

3 国道四三号線の道路排煙と大阪西宮線の道路排煙とは、排出源が上下の関係にはなっているという以外には違いを見いだすことができず、両者を区別して健康影響を検証することが不可能であるうえ、両者の道路排煙は、偶然に、同じ場所(国道四三号線沿道)に大気汚染を形成してしまったわけではなく、国道四三号線の広い中央分離帯を利用して大阪西宮線が建設されたために、両者の道路排煙が国道四三号線沿道で重なり合って大気汚染を形成するに至ったものである。

4 以上の被告国と被告公団の関係、国道四三号線と大阪西宮線の立地状況、右各道路の道路排煙による大気汚染状況等に照らせば、右各道路の道路排煙(右各道路の供用行為)は社会観念上一体のものと評価できるものであり、右の各道路排煙間については、前段の関連共同性が認められる。

したがって、国道四三号線及び大阪西宮線の各設置・管理に瑕疵がある場合には、国道四三号線沿道の局所的な大気汚染による健康被害について、両者の道路管理者である被告国及び被告公団は、同規定に基づき、損害賠償の全部義務(不真正連帯債務)を負担することになるといわなければならない。

二 国道二号線の道路排煙と大阪西宮線及び国道四三号線の道路排煙との間の関連共同性について

国道二号線と大阪西宮線及び国道四三号線との間は約六〇〇メートル以上の距離があり(丙B第一六一号証の三、丙C第五号証の一)、右各道路排煙の拡散、距離減衰の状態をも合わせ考慮すれば、国道二号線の道路排煙が大阪西宮線と国道四三号線の道路排煙と複合して右各道路沿道地域における大気汚染を形成したものと認めることはできない。

このような国道二号線と大阪西宮線及び国道四三号線の各立地状態、その各道路排煙の相互の沿道地域に対する大気汚染の形成に対する関与の状態等に照らせば、被告国と被告公団の前述の関係を考慮しても、国道二号線の道路排煙と大阪西宮線及び国道四三号線の道路排煙との間については、前段の関連共同性は認められないというべきである。

また、後述のとおり、国道二号線の道路排煙が健康被害の発症や増悪の原因力の一部でも構成するような程度に至っていたとは認められないから、後段の規定の類推適用を認めることもできない。

第六章 争点二(集団的な因果関係)に対する判断

第一 大気汚染物質の生体影響について

一 六一年専門委員会報告による動物実験及び人体負荷実験の知見の総合的な評価(認定事実第三章第四の二)については、その専門的知識に基づいた評価過程に特段の疑問を差し挟むべき事情が何も見当たらないから、実験的知見を総合すれば、大気汚染物質は、① 気道粘液の過分泌、② 気道閉塞の進展、③ 肺胞の気腫性変化に影響を及ぼすものであり、慢性気管支炎(閉塞性障害を伴うものとそうでないものの双方を含む。)及び肺気腫の発病にかかわる因子であるというべきであり、さらに、④ 気道過敏性、⑤ 気道感染抵抗性に影響を及ぼすものであり、気管支喘息の発病にかかわる因子であるというべきである。

なお、六一年専門委員会報告は、浮遊粒子状物質の生体影響について詳細に論じておらず、その報告当時には浮遊粒子状物質を用いた実験的知見が非常に乏しかったことがその報告中からも窺えるところであるが、六一年専門委員会報告後に公表された動物実験の結果(認定事実第三章第四の三及び四)を総合すれば、浮遊粒子状物質中の微小粒子のかなりの割合を占めるディーゼル排気微粒子(DEP)は、気管支喘息を発症させる可能性、あるいは、アトピー素因があるが気管支喘息を発症していない人のアレルギー反応を促進して喘息発症に至らせる可能性のある物質であることも否定できないものといわなければならない。

二 ところで、動物実験は、ラットに対する二酸化窒素0.04ppmの二七か月投与実験を除き、人が一般大気環境において遭遇し得る濃度(以下「大気汚染レベル」という。)よりは相当に高濃度の暴露条件下でのものであり、大気汚染物質の動物に対する影響と人に対する影響とが同程度なのか異なるのかも正確には分からないものである。また、人体負荷実験は、人道的・技術的理由から、非常に限定された条件下で行われたものである。したがって、実験的知見のみによって、大気汚染レベルで長期間暴露した場合の大気汚染物質の生体影響を論じることは困難である。

三 しかしながら、医学文献においては、大気汚染レベルの大気汚染物質への長期間暴露を前提として、大気汚染物質が指定疾病の発症・増悪に影響を及ぼす医学的メカニズムが説明可能なものとされているといわなければならないから(大気汚染がおよそ指定疾病の発病・増悪に影響しないとする医学的文献などは見当たらない。)、実験的知見及び医学的知見を総合することにより、本件道路排煙(主に、窒素酸化物、DEPを含む浮遊粒子状物質、硫黄酸化物を含む。)によって形成された大気汚染は、これに長期間継続的に暴露した場合には、指定疾病を発症・増悪させる可能性(科学的な合理性)があることは、一応、肯定され得ると考えても差支えがないということができる。

四 なお、被告らは、気管支喘息発症の医学的機序が明確にされているのはⅠ型アレルギー反応だけであることを強調したうえ、あたかも、アトピー素因以外の因子(大気汚染等)によって気管支喘息が惹き起こされることなど殆どありえないかのような主張を行っている。

確かに、Ⅰ型アレルギー反応が気管支喘息の発症のメカニズムの中で重要な位置を占めていることは医学的に承認されているところであるし、アトピー素因を有する者が気管支喘息を発症する危険が高いことは各種の疫学調査でも明らかであるが、過去に著しい大気汚染が存在した地域で多発した気管支喘息の多くはアトピー型の気管支喘息とは考えにくいことが明らかにされているし(認定事実第三章第三の九)、グローバルストラテジーにおいては、自動車排出ガスが気管支喘息の発症に関与することが示唆されているのであり、気管支喘息の発症がアトピー素因だけで説明できるとする医学的な知見などは見当たらないといって差支えがないところである。

実際に本件患者のアトピー素因についてみても、前記(認定事実第三章第三の九)のとおり、証人西間三馨が症例を検討した若年発症の本件患者七五名のうちアトピー素因が明確に認められた者は二五名にすぎないし、後記(争点三に対する判断の第四)のとおり、当裁判所が個別的な因果関係が肯定されることを前提としてアトピー素因の有無について検討した本件患者五〇名(別表Cに記載の五〇名であり、その殆どは成人に達した後に気管支喘息を発症した者である。)のうち、証拠上、気管支喘息との強固な関係が認識されている吸入性アレルゲン(ハウスダスト、ダニ、カビ、ドウブツ)に対するアレルギー反応がみられる者(RASTスコア「二」以上)はわずか一四名にすぎず、しかも、右五〇名の中には、証拠上、吸入性アレルゲンを含む複数のありふれたアレルゲンに対するアレルギー反応が全くみられないうえに、血清総IgE値(正常範囲は一〇〜三〇〇)が五〇以下と極めて低値の者が一三名(原告番号二五、原告番号一六一、原告番号一八九、原告番号二四二、原告番号二五一、原告番号二七四、原告番号二八〇、原告番号二八三、原告番号二九三、原告番号三〇九、原告番号四一四、原告番号四一五、原告番号四四二)もみられるのであって、このような者の気管支喘息をアトピー素因と関連付けて説明することは、おそらく極めて困難であろうと思われる。

したがって、気管支喘息の発症にかかわる因子としてアトピー素因が重要であることが医学的に広く認識されているとはいっても、そのことは、アトピー素因とは無関係に、例えば、大気汚染が原因となって気管支喘息が発症・増悪する可能性(科学的な合理性)を何ら否定する根拠となるものではない。

五 もっとも、本件道路排煙が、それ自体で、あるいは、他の道路や工場の排煙と混じり合って尼崎市の大気汚染を形成し、その大気汚染に暴露した本件患者が指定疾病を発症・増悪させたという因果関係を判断するためには、本件道路排煙あるいは大気汚染が指定疾病を発症・増悪させる可能性(科学的な合理性)が肯定されるというだけでは足りないのであって、実際にどの程度の本件道路排煙あるいは大気汚染が指定疾病を発症・増悪させ得るのか、過去に尼崎市に存在した本件道路排煙あるいは大気汚染が果たして指定疾病を発症・増悪させる程度のものであったのかという点が問われなければならない。

右の点を判断する直接的な証拠となり得る低濃度・長期暴露下での人体負荷実験の知見というものが存在しない以上、右の点の判断は過去に行われた各種の疫学調査の結果に基づいてこれを行うほかないところである。

第二 大気汚染レベルの二酸化窒素の健康影響について

一 尼崎市における二酸化窒素の大気汚染の程度

1 尼崎市で過去に測定された二酸化窒素濃度の年平均値は、過去最高値が昭和五一年度及び昭和五六年度の国道二号線測定所の0.048ppmであり、一般局で概ね0.02ppmから0.03ppmの間、自排局で概ね0.03ppmから0.045ppmの間である。

2 尼崎市で過去に測定された二酸化窒素濃度の一日平均値の98%値は、過去最高値が昭和四九年度の国道二号線測定所の0.080ppmであり、一般局で概ね0.04ppmから0.06ppmの間、自排局で概ね0.05ppmから0.07ppmの間である。

3 右のレベルの尼崎市の大気中の二酸化窒素濃度(以下「尼崎市レベルの二酸化窒素濃度」という。)は、自排局では概ねわが国の環境基準を超えるものであるが、米国大気質基準(年平均値0.053ppm)やWHOの推奨値(一日平均値0.08ppm)には適合しているものである。

二 二酸化窒素の個人暴露量と健康影響

1 二酸化窒素は、工場排煙や道路排煙に由来する二酸化硫黄とは異なり、暖房器具や調理器具によって室内でも発生するから、二酸化窒素に対する個人暴露量は、室内環境による個人差が大きいと考えられる。

認定事実第二章及び第三章の各種疫学調査のうち、実施時期の古いものについては、個人暴露量を測定し考慮したものはないが、昭和五〇年代半ば以降の疫学調査においては、暖房器具の種別による個人暴露量の多寡を調査しているものが多く、環境庁平成四年〜七年度継続観察調査、東京都昭和五四年度沿道調査、東京都昭和六一・六二年度沿道調査、千葉県幹線道路沿道学童調査(千葉大調査)において二酸化窒素の室内濃度ないしは個人暴露量の測定が行われており、横浜市においても同様の調査が行われている。

2 個人暴露量(いずれも一日平均値)の数値が証拠上判明しているものとしては、東京都昭和六一・六二年度沿道調査における非排気型ストーブ使用世帯0.0504ppmに対し排気型ストーブ使用世帯0.0273ppm、千葉県幹線道路沿道学童調査における前者0.0774ppmに対し後者0.024ppm、横浜市の調査における前者0.07682ppmに対し後者0.03675ppm(図表四四・母の例)というものがあり、いずれも、暖房期においては、非排気型ストーブ使用世帯においては、排気型ストーブ使用世帯の二倍あるいは三倍の二酸化窒素の個人暴露量が測定されている。

しかも、千葉大調査や横浜市の調査における非排気型ストーブ使用世帯の個人暴露量(一日平均値)は、環境基準を超えており、尼崎市自排局の一日平均値の98%値に匹敵する非常に高いレベルの数値であり、横浜市の調査によれば、気密性の高い鉄筋マンションの非排気型ストーブ使用世帯では、個人暴露量(一日平均値)は0.1ppmを優に超えているのである(図表四四)。

3 暖房期は一年のうち三か月ないし四か月もあるから、もしも、尼崎市レベルの二酸化窒素濃度が生体に悪影響を与えるとすれば、疫学調査においても暖房器具の種別に応じた健康影響指標の変動が観察されてもおかしくないはずだが、このような観察を行った環境庁a調査、環境庁昭和六一年〜平成二年度継続観察調査、環境庁平成四年〜七年度継続観察調査、環境庁平成八年度三歳児調査、東京都昭和五四年度沿道調査、東京都昭和六一・六二年度沿道調査、千葉県幹線道路沿道学童調査は、いずれも、暖房器具の種別による健康影響指標の有意差を観察していない。

4 二酸化窒素が呼吸器に様々な悪影響を与える有害物質であることは六一年専門委員会報告からも明らかなところである。にもかかわらず、右にみたような暖房器具の種別による二酸化窒素の個人暴露量の差が健康影響指標の変動をもたらさないということは、尼崎市レベルの二酸化窒素濃度が人体に疾病をもたらす程の汚染状態ではないことを示唆するものということができる。

三 疫学調査からの検討

1 昭和四〇年代後半から昭和五〇年代初めに行われた四大疫学調査(千葉県調査、六都市調査、岡山県調査、大阪府・兵庫県調査)においては、大気中の二酸化窒素濃度が年平均値にして概ね0.02ppm以上あるいは0.03ppm以上という低レベルであっても、呼吸器への悪影響を顕在化させ、呼吸器症状の有症率を増加させるという解析結果が公表されている。

2 四大疫学調査は、二酸化窒素の自動継続測定が多数の地点で長期間安定的に行われていたとはいい難い時期に行われているが、二酸化窒素の自動継続測定が全国的に安定的に行われるようになってから行われた環境庁a、b調査においては、二酸化窒素濃度の高低と有症率の高低に有意な関連が認められた健康影響指標が多数存在するものの、有意な関連が認められない健康影響指標も多数存在し、児童の「喘息様症状・現在」のように、二酸化窒素濃度区分の高低と有症率の高低が顕著に逆転している事実、すなわち、有症率の地区間格差を大気汚染レベルの二酸化窒素によって説明することを困難にさせる事実も把握されている。

そして、六一年専門委員会報告は、当時の最新の疫学調査であった環境庁a、b調査の結果を詳細に検討したうえで、二酸化窒素濃度を大気汚染指標としてみた場合には、大気汚染が指定疾病の発症因子となるものということができないとしている。

六一年専門委員会報告は、その結論部分の記述にやや難解な面があるが、大気汚染レベルの二酸化窒素と指定疾病との間の因果関係は肯定できないとしているものと考えざるをえないところであり、その結論が、当時存在した疫学調査に対する不合理なあるいは誤った観点からの検討結果であるとか、科学的観点以外の観点から導き出された政策的意味合いの強いものであるなど、その結論の科学的合理性に疑問を差し挟むべき事情というものも特段見当たらない。

3 さらに、大気汚染指標としての二酸化窒素濃度の把握をより綿密に行った最近の疫学調査である大都市ぜん息等調査(昭和六三年〜平成四年)や環境庁平成八年度三歳児調査、二つの大規模な追跡調査である環境庁昭和六一年〜平成二年度継続観察調査及び環境庁平成四年〜七年度継続観察調査では、やはり、二酸化窒素濃度と気管支喘息症状の有症率又は新規発症率との間の有意な関連が見いだされていない。

4 右のとおり、大気汚染レベルの二酸化窒素と呼吸器疾患との間の因果関係をかなり明確に肯定する疫学的知見は、環境庁a、b調査以前に行われた四大疫学調査の解析結果だけであるということになる。

疫学的知見は、実験的知見とは異なり、再実験による追試ができないと考えられるから、新旧の知見を単純に比較することは困難な面があるが、疫学も自然科学である以上、より洗練された技術や知識に基づく新しい知見によって、従前の知見が再評価されなければならないはずである。そのような観点からみると、四大疫学調査は、認定事実第四章第二の三ないし六のとおり、仮説要因となる二酸化窒素濃度の把握が極めて大雑把であって、千葉県調査及び岡山県調査においては、その解析手法にも問題があり、四大疫学調査の解析結果をもって、後の批判に堪えた今日でも通用する科学的知見として扱ってよいかという点は疑問であるといわざるをえない。

また、二酸化窒素に関する米国の国家大気質基準やWHOの推奨値は、二酸化窒素が人体に悪影響を与えると推測される最低濃度(健康影響値)よりもさらに低い数値が選定されているにもかかわらず、なお、わが国の大気汚染レベルあるいは尼崎市レベルの二酸化窒素濃度よりも高いものとなっている。日本人が世界の他の民族と比較して特に二酸化窒素に対する感受性が高いということから、二酸化窒素の現行環境基準が設定されたのでもないようであるから、米国の国家大気質基準やWHOの推奨値という外国の知見も、二酸化窒素と呼吸器疾患との間の因果関係を検討するうえで、およそ考慮する必要性がないとはいえないところであり、これら外国の知見からは、わが国の大気汚染レベルの二酸化窒素濃度が現実に呼吸器疾患をもたらすという点を否定的に考えざるをえないということになる。

5 なお、環境庁a、b調査以降の最近の疫学調査においても、大気汚染の指標として二酸化窒素濃度を使用して統計的解析を行った場合に、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の有意な関連が認められた解析例が少なからず存在する。

しかしながら、大気汚染レベルの二酸化窒素が指定疾病の発症因子となるのであれば、疫学調査の規模が大きくなり、調査手法が緻密になればなるほど、指定疾病にかかわる他の因子によって攪乱されない形で、二酸化窒素濃度の上昇と健康影響指標の過剰との間の明確な関係が見いだされ、一貫性のある解析結果が得られてもおかしくないように思われるが、そうはなっていない。

したがって、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の有意な関連を示す解析例は、大気中の二酸化窒素濃度が高い地区で存在することが稀ではなく、かつ、真に因果関係がある他の紛らわしい因子に影響されて見かけの関連性を示した例ではないかとも考えられるのであって、右のような解析例だけを取り上げて、二酸化窒素と呼吸器疾患との間の因果関係が存在することの証拠とすることは適切ではないといわなければならない(認定事実第四章第一の三)。

四 まとめ

1 二酸化窒素個人暴露量の差異によっては呼吸器症状の有症率に有意差が見いだされないこと、環境庁a、b調査において二酸化窒素濃度区分と児童の「喘息様症状・現在」有症率とが顕著に逆転していること、四大疫学調査以後の疫学調査において、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の相関を肯定する解析結果と肯定しない解析結果とが双方とも多数存在することを前提として、なお、尼崎市レベルの二酸化窒素濃度が指定疾病の発症・増悪因子となっていることを合理的に説明するため参考となる疫学又は医学上の知見は、本件の証拠上は見当たらなかった。

したがって、尼崎市レベルの二酸化窒素濃度が指定疾病の発症・増悪因子であることを肯定するに足りる証拠は十分ではないというべきである。

2 ところで、認定事実中の疫学調査の中には、二酸化窒素だけが突出して存在するという特徴の大気汚染を前提とする疫学調査というものがなく、認定事実中の疫学調査における統計的解析は、いずれも、大気環境中で他の大気汚染物質と共存する二酸化窒素の濃度を大気汚染の程度を示す指標として取り上げた場合に、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の相関がみられるかどうかを検討するものである。

この場合、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の相関が肯定されれば、他の大気汚染物質との共存下での二酸化窒素による健康影響が示唆されていることになり、二酸化窒素単体での影響の強弱は、二酸化窒素濃度と健康影響指標との相関の強弱によって推し量るということになると思われる。

これに対し、二酸化窒素濃度と健康影響指標との間の相関が否定されれば、他の大気汚染物質との共存下での二酸化窒素での二酸化窒素の健康影響が否定されるとともに、この場合には、二酸化窒素単体での健康影響も否定されることになると思われる。

3 したがって、認定事実に係る疫学調査から二酸化窒素が指定疾病の発症・増悪因子であることを肯定することができないということは、二酸化窒素が、単体であっても、他の大気汚染物質と共存することによっても指定疾病の発症・増悪因子となることを肯定することができないということを意味する。

そこで、以下においては、二酸化窒素以外の代表的な大気汚染物質である二酸化硫黄と浮遊粒子状物質に着目したうえで、大気汚染と指定疾病の発症・増悪との間の因果関係を検討する。

4 なお、六一年専門委員会報告は、昭和五〇年代の大気汚染の指定疾病への影響を全体的に評価したものであるが、浮遊粒子状物質の生体影響や浮遊粒子状物質濃度と健康影響指標との相関に関する検討は、二酸化窒素に関するものほど詳細なものではない。

もしも、浮遊粒子状物質の生体影響が、その組成の別(例えば、自然発生的粒子と化石燃料由来の粒子の別)、発生源の別(例えば、化学工場、鉄鋼工場、ディーゼル車の別)あるいは粒径の別(粗大粒子と微小粒子の別)を全て捨象して検討することで足りるというのであれば、六一年専門委員会報告の結論は、それまでの疫学調査の結果により、大気汚染レベルの浮遊粒子状物質と指定疾病との間の因果関係を否定したものと受け止めざるをえないが、六一年専門委員会報告がそのような前提に立つことが科学的に正しいとか、そのような前提に立ったうえで疫学調査を検討すれば十分だとしているとは到底認められない。

そうだとすれば、二酸化窒素のように単一の化学物質でない浮遊粒子状物質に関する限りは、六一年専門委員会報告の結論は、わが国で測定された浮遊粒子状物質濃度を大気汚染指標として取り上げても、因果関係を肯定するに足りる程度の強い相関は見いだせなかったとするものであって、粒径一〇μm以下のあらゆる大気中粒子状物質が指定疾病の発症・増悪因子とならないということまで述べたものではないと理解すべきこととなる。

第三 尼崎市の一般大気環境の健康影響について

一 昭和三〇年代及び四〇年代の大気汚染

1 昭和三〇年代後半以降の尼崎市における硫黄酸化物による大気汚染が全国的にみても非常に激しいものであったこと(認定事実第一章第二)並びに大阪ばい調(認定事実第四章第二の二)、尼崎市医師会有症率調査(同第四の五)、尼崎市昭和四八年度有症率調査(同第四の六)の各結果及び昭和三〇年代及び四〇年代の疫学調査に係る六一年専門委員会報告の評価(その時期のわが国の疫学調査によれば、持続性咳・痰と硫黄酸化物や大気中粒子状物質の濃度との間の「量―反応関係」を示唆する強い関連を認められたとしていること―認定事実第四章第五の一)を総合すれば、昭和三〇年代後半から硫黄酸化物の濃度の年平均値が一SO3mg(導電率法に換算して0.028ppm)以上であった昭和四九年ころまでの間の尼崎市の広い範囲の大気汚染は、指定疾病の発症・増悪因子となり得る程度のものであったということができる。

2 ところで、既に述べたとおり、硫黄酸化物で比較した場合、工場排煙と本件道路排煙にはその規模に大きな隔たりがあり、本件道路からの硫黄酸化物排出量は、工場からの排出削減が急速に進んで硫黄酸化物による大気汚染が収束しつつあった昭和四九年度においてさえ、尼崎市の工場排出量の一パーセントにもならず、硫黄酸化物による大気汚染が著しかった昭和四〇年代中ごろで比較すれば、工場排出量の0.1パーセントにもならないと考えられるのである。

しかも、昭和四九年度というのは、尼崎市において硫黄酸化物による大気汚染が急激に緩和された時点であって、硫黄酸化物による大気汚染が著しかった昭和四〇年代中ごろで比較すれば、本件道路からの硫黄酸化物の排出量は、尼崎市内の主要工場からの排出量の0.1パーセントにもならないと推測されるところである(交通量の推移に照らして、本件道路からの昭和四〇年代のいずれの年の硫黄酸化物の排出量も昭和四九年度の数値と大差がないと思われる。)。

3 したがって、指定疾病の発症・増悪因子となり得る昭和三〇年代及び四〇年代の尼崎市の大気汚染は、本件道路排煙の有無にかかわりなく発生し収束したものというべきであるから、その大気汚染が工場排煙と本件道路排煙とが競合して形成されたものであるとか、その大気汚染と本件道路排煙との間の因果関係が肯定されるということはできない。

二 昭和五〇年代以降の大気汚染

1 硫黄酸化物の環境基準が尼崎市全域で達成された後の昭和五〇年代においても、尼崎市の全域で浮遊粒子状物質の環境基準には適合していない状況が続いていたことは、認定事実第一章第三のとおりである。尼崎市の浮遊粒子状物質による汚染状態は、わが国の環境基準を超えているばかりでなく、より緩やかな米国大気質基準(一日平均値一五〇μg/m3・年平均値五〇μg/m3)をも超えているものである。

2 六都市調査の解析結果(認定事実第四章第二の四)によれば、二酸化窒素、二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質の年平均値がそれぞれ0.02ppm、0.03ppm及び一五〇μg/m3以下であれば「持続性咳・痰」有症率は二パーセント以下であり、それを超すと有症率は四パーセントないし六パーセントであったとするものがあるが、既にみたように、年平均値0.02ppmの二酸化窒素による生体影響を肯定することはできないし、昭和五〇年代以降、尼崎市において年平均値0.03ppm以上の二酸化硫黄が測定されたことはないのであるから、六都市調査の右解析結果を、直ちに、尼崎市の昭和五〇年代の大気汚染に当てはめることには無理がある。

3 千葉県幹線沿道学童調査(千葉大調査―認定事実第四章第三の八)においては、千葉県の都市部(千葉市、柏市、市川市及び船橋市)に居住する児童は、幹線道路がない田園部(市原市、館山市、茂原市、木更津市)に居住する児童と比較して概ね二倍の確率で、気管支喘息を発症する危険があるとの解析結果が得られており、図表四三①のとおり、浮遊粒子状物質の一日平均値の98%値をみると、右都市部一般局では環境基準を大きく超過する状況が続いており、右田園部一般局では木更津市を除いて環境基準に適合しているから、一見すると、都市部と田園部との間の新規発症率の差を浮遊粒子状物質濃度で説明できるかのようである。

しかしながら、千葉大調査によれば、都市部の中でも、幹線道路の沿道地区(道路端五〇メートル以内)と非沿道地区(幹線道路から五〇メートル超)との間でも、気管支喘息の新規発症率には大きな隔たりがあるのに、図表四三①からも明らかなとおり、都市部の一般局と自排局とでは浮遊粒子状物質の一日平均値の98%値に大きな隔たりがなく、この事実に照らせば、都市部と田園部の新規発症率の格差も、また、浮遊粒子状物質の濃度差以外の要因で生じている合理的な疑いがあり、浮遊粒子状物質の濃度差だけで新規発症率の格差を説明することは困難であるということになる。

4 そもそも、浮遊粒子状物質及び微小粒子に関する東京都の調査結果(基礎的事実第四章第三の四、図表七⑤ないし⑦)からも明らかなとおり、浮遊粒子状物質の組成は、発生源ごとに様々であり、ディーゼル排気微粒子(DEP)を含めて化石燃料由来の粒子状物質は概ね微小粒子の側に偏在していること、浮遊粒子状物質中の粗大粒子の主要なものが土壌や海面からの巻き上げに由来する粒子状物質であって、人体にどれだけ悪影響を及ぼすのかも疑問があることに照らせば、例えば、同じ浮遊粒子状物質濃度に区分される複数の地区であっても、組成の違いによって呼吸器に与える悪影響が同じであるのかは疑問の余地がある。

米国においては、大気汚染指標として浮遊粒子状物質を使用して健康影響の調査検討を行うことの妥当性にすら疑問が提起されているが(認定事実第四章第六の二4(四))、その点を置くとしても、証拠上は、大気汚染指標として浮遊粒子状物質濃度を用いて濃度区分別の有症率を検討した疫学調査や解析結果は余り見当たらず、尼崎市における大気汚染レベルの浮遊粒子状物質濃度が呼吸器症状の過剰をもたらすことを合理的に説明できるだけの疫学的知見は見当たらない。

5 なお、本件においては、一方で、① 尼崎市の浮遊粒子状物質測定値をみると、平成五年に至るまでの間、南部測定所で環境基準が達成されておらず、しかも、昭和五四年以降平成に至るまで、南部測定所の年平均値が市内で最も高い事実が認められ(図表三一)、他方で、② 尼崎市昭和五七年度及び昭和六〇年度学童調査の結果において、城内小学校の呼吸器症状の過剰が認められるとともに(図表四八)、城内小学校の認定患者数も市内で一番多いとの事実が認められる。

したがって、尼崎市のうち南部測定所周辺地域(主に城内小学校の校区・図表四七②)に存在した浮遊粒子状物質による大気汚染が、学童の呼吸器症状の過剰をもたらした疑いは相当程度存在するといって差支えがない。

しかしながら、浮遊粒子状物質を大気汚染指標とする分析的な疫学的知見が得られない現状においては、右の二つの事実から、直ちに、南部測定所周辺の大気汚染が指定疾病の発症・増悪因子となり得ると結論付けることには、やはり躊躇せざるをえない。

6 右のとおりであって、本件道路排煙によって、昭和五〇年代以降の尼崎市の広い範囲で指定疾病の発症・増悪因子となる程度の浮遊粒子状物質による大気汚染が形成されたということはできない。

第四 本件道路沿道の局所的汚染の健康影響について

一 本件道路沿道の大気汚染の程度

1 二酸化窒素の沿道での測定値

(一) 国道二号線の沿道

国道二号線測定所において二酸化窒素年平均値0.04ppm以上の高い測定値が記録されているのは、測定が開始された昭和四九年度から昭和五六年度までの間であり(図表三二④)、その後、窒素酸化物の排出量の急激な低下(図表二四⑦)に歩調を合わせるように昭和六〇年度まで年平均値が急激に低下している。

(二) 国道四三号線及び大阪西宮線の沿道

国道四三号線測定所の二酸化窒素年平均値の推移(図表三二④)と国道四三号線の窒素酸化物排出量の推移(図表二四⑦)とは余り符合していないし、国道四三号線からの排出量は国道二号線からの排出量を遙かに凌駕していたはずなのに、かえって国道四三号線測定所の測定値の方が国道二号線測定所の測定値よりも低くなっている(昭和五七年度以前)。また、平成二年度ないし平成七年度の沿道大気汚染調査の結果(図表三一ないし三三)は、いずれも九日間平均値(春季、秋季、冬季の三日間ずつの平均値)であって年平均値とも極端な隔たりがないと考えられるところ、これら沿道大気汚染調査の結果と国道四三号線測定所の測定値との間には相当の開きがある。

したがって、国道四三号線測定所の測定値が、果たして、国道四三号線沿道の居住地の汚染状況を反映しているのかどうかは疑問の余地があるが、大気汚染測定車(あおぞら号)の測定場所である東本町二丁目や五合橋交差点(図表三三ないし三五の米谷昆陽尼崎線と国道四三号線との交差点である。)は、本件患者の多くが居住している沿道での測定であり、そこでの測定値(図表三六・二〜三週間の平均値)に、国道四三号線の交通量(図表三①)及び自動車排出ガス排出量の推移(図表二四⑦〜⑨)をあわせて考慮すれば、国道四三号線沿道は、全線開通の昭和四五年度から平成八年度までの長期間にわたり継続して、概ね年平均値0.04ppm以上(年度によっては0.05ppm以上)の二酸化窒素による汚染が存在していたものと考えて差支えがないというべきである。

(三) 一般大気環境と沿道大気環境の比較

二酸化窒素の年平均値によって、中部測定所と国道二号線測定所との間、南部測定所と国道四三号線測定所及び大気汚染測定車(あおぞら号)との間の測定値を比較すると、図表四九①ないし③のとおりとなる。

二酸化窒素年平均値でみる限り、一般局と自排局との間の格差は減少しているが、これは、自動車単体からの窒素酸化物の排出規制が強化されたためと考えられ、逆に、排出規制(新車のみ適用)の効果が顕著ではなかったであろう昭和五〇年代前半でみると、自排局では、一般局の1.5倍から二倍の大気汚染が測定されていたことになる。

2 浮遊粒子状物質による汚染

(一) 尼崎市の自排局においては、被告公団が設置し尼崎市が管理している城内小学校及び東部第一浄化センター測定所を除き、浮遊粒子状物質の測定が行われていないから、自排局における浮遊粒子状物質の測定値をもとにして沿道汚染の状況を論じることができない。

しかしながら、尼崎市レベルの二酸化窒素濃が生体への悪影響を及ぼすとは認められず、自動車排出ガスである二酸化硫黄が道路沿道で環境基準を超える汚染をもたらしているとも認められない以上、道路沿道の大気汚染の中心は浮遊粒子状物質、あるいはディーゼル排気微粒子(DEP)を含む微小粒子であるといわざるをえないから、大雑把ではあるが、次のとおり、浮遊粒子状物質の汚染状況について、一応の推計に基づく検討を行うことにする。

(二) 右1(三)の倍率(図表四九①〜③)並びに中部測定所及び南部測定所の浮遊粒子状物質測定値を利用して、沿道での浮遊粒子状物質の年平均値を推計すれば、図表四九④ないし⑥の「PM10推計値」のとおりとなる。

自動車単体からの粒子状物質の排出規制は、窒素酸化物排出ガスの排出規制よりも遥かに遅れており、本件道路からの粒子状物質の排出量は、窒素酸化物の排出量のようには減少しておらず、昭和五二年度ないし平成六年度の間余り変化していないから(図表二四⑧)、二酸化窒素の排出規制の効果が顕著なものとなった昭和五〇年代後半あるいは昭和六〇年代以降の推計値は、余り適切なものとはいえないように思われる。

右推計値によれば、国道四三号線沿道においては、昭和五〇年代においては、浮遊粒子状物質の年平均値が0.1mg/m3前後の汚染(昭和四〇年代後半の南部測定所の浮遊粉塵年平均値に匹敵する汚染)が存在した可能性がある。

(三) 右1(三)の倍率を利用し、浮遊粒子状物質(PM10)に占める微小粒子(PM2.0)の重量割合が四〇パーセントであると仮定した場合、本件道路沿道での微小粒子の年平均値を推計すれば、図表四九④ないし⑥の「PM2.0推計値」のとおりとなる。この推計についても昭和五〇年代後半あるいは昭和六〇年代以降の推計値は、余り適切なものとはいえないように思われる。

右推計値によれば、国道四三号線沿道においては、大抵の場合、微小粒子(PM2.5)に関する米国大気質基準を超える汚染が存在したことになる。

なお、浮遊粒子状物質のうち四割が微小粒子であるとしたのは、次の理由による。すなわち、乙う第三六号証によれば、多数の都市で年間を通じて微小粒子(PM2.0)の量が粗大粒子(PM2.0〜10)の量を凌駕しているとの傾向はみられないこと(同号証三二頁・表二―二七)、認定事実第四章第三の八のとおり、平成七年一一月の千葉市内の小学校の測定結果では、浮遊粒子状物質のうち微小粒子の重量割合が51.7パーセント又は47.1パーセントであったことから、より控えめな四割としたものである(なお、東京都の調査結果である62.4パーセントという微量粒子割合は、尼崎市には当てはまらないものと思われる。)。

二 幹線道路沿道汚染が指定疾病の発症を促す危険の有無・程度

1 千葉県幹線沿道学童調査(千葉大調査―認定事実第四章第三の八)においては、千葉県都市部(千葉市、柏市、市川市及び船橋市)の幹線道路(国道六号線、国道一四号線、国道一六号線、京葉道路及び湾岸道路)の沿道地区(道路端五〇メートル以内)に居住する児童は、

(一) 都市部の非沿道地区(幹線道路から五〇メートル超)に居住する児童と比較して概ね二倍の確率で、

(二) 幹線道路がない田園部(市原市、館山市、茂原市、木更津市)に居住する児童と比較して概ね四倍の確率で、

気管支喘息を発症する危険があるとの解析結果が得られている。

2 千葉大調査は、居住地のほか、対象者のアレルギー歴、両親の喫煙、家屋構造、暖房器具、転居歴などの呼吸器疾患に関連する様々な一二の要因の有無も同時に調査し、それら要因を考慮した解析(多重ロジスティック回帰)を行い、結果として、居住地とアレルギー歴の二つの要因だけで学童の気管支喘息の新規発症との間の有意な関連、しかも、両者とも同程度の非常に強い統計的な相関関係が見いだされたとするものであって、それ以外の要因の新規発症率との間の相関を否定するものである。

図表四三①のとおり、右都市部の一般局と自排局とで浮遊粒子状物質濃度(一日平均値の98%値)に大きな隔たりがないことを勘案すれば、都市部の沿道地区に居住する学童の気管支喘息の危険の増大は、浮遊粒子状物質の濃度差に起因しているというよりも、幹線道路沿道に存在する自動車排出ガスによる局所的な大気汚染に起因しているというべきであり、自動車排出ガスの影響を度外視してその危険の増大を合理的に説明することは困難なように思われる。

3 既に述べたとおり、千葉大調査対象地域の大気中の二酸化窒素(図表四三①)が呼吸器疾患に悪影響を及ぼすとは認められないから、千葉大調査によって示された幹線道路沿道地区での危険の増大は、自動車由来の粒子状物質による影響であると説明すべきことになる。

自動車由来の粒子状物質には様々の物質が含まれているであろうが、実験的知見から生体への悪影響が強く示唆されているものとして、微小粒子に属するディーゼル排気微粒子(DEP)をあげることができる。

米国では、浮遊粒子状物質(PM10)というよりも、むしろ、化石燃料由来の微小粒子(PM2.5)の人体への危険性が疫学的に明らかにされ、非常に厳しい米国大気質基準が提案されていること(認定事実第四章第六の二3)、花粉症に関する疫学調査でDEPがI型アレルギーを促進するアジュバント効果があることが示唆されていること、動物実験によれば、DEPには確かにアジュバント効果があることが確認されており(認定事実第三章第四の三)、DEPが気管支喘息の基本病態を発現させる可能性が強く示唆されていること(認定事実第三章第四の四)に照らせば、ある程度の高濃度のDEPに長期間暴露した場合には、アトピー型であると非アトピー型であるとを問わず気管支喘息を発症する危険があると考えても一応の説明は可能である。

そうだとすれば、千葉大調査の結果から、幹線道路沿道の大気汚染と気管支喘息の発症との間に原因・結果の関係を見いだすことは、医学的に不合理な推論ではない。

そして、DEPが家庭内で発生するとは考えられず、その発生源はディーゼル車に限定されるであろうから、都市部における幹線道路沿道地区とそれ以外の地区を比較した場合には、浮遊粒子状物質(PM10)の測定値に極端な高低がなくとも、DEPによる汚染の深刻さは大きく異なると推測されるのであり、千葉大調査の結果から、幹線道路沿道の大気汚染と気管支喘息の発症との間に原因・結果の関係を見いだすことは、大気汚染の状況からも合理的に説明が可能である。

4 千葉大調査によれば、平成四年度ないし平成六年度の各年度の断面調査の有症率で比較した場合には、沿道地区、非沿道地区及び田園地区で有症率の差は非常に少なく、新規発症率のような著しい差が現れていない(認定事実第四章第三の八4(三))。

しかし、幹線道路沿道地区は長細い場所であるうえ商業地化が生じ易く、地区外への転居例が多いと考えられることからすれば、断面調査においては、沿道汚染に暴露して発症した者が沿道地区以外に転居することによって沿道地区有症者に数えられないことが多いのではないかとの疑いも否定できないところであり、断面調査によって判明した有症率の差というのが、追跡調査による新規発症率の差よりも、幹線道路沿道汚染の気管支喘息に対する影響力を正確に現しているとは考え難く、右断面調査の結果を取り上げて幹線道路沿道汚染の危険度を論じることは適当ではない。

5 道路沿道の大気汚染に関連付けた疫学調査のうち追跡調査の例は、証拠上、千葉大調査だけであるが、断面調査としては、幹線道路の沿道住民の呼吸器症状の有症率の過剰を示唆する疫学調査の結果がいくつか報告されており、千葉大調査の結果は、過去の類似の疫学調査の大まかな傾向とも符合している。

かなり古い調査ではあるが、四日市市国道一号線等沿道調査(受診率調査)では、幹線道路沿道地区の住民の気管支喘息等の呼吸器疾患による受診率が、季節的変動には関係なく、それ以外の地区の住民と比較して顕著に高いことが報告されており、比較的最近では、いずれも東京都内の調査であるが、東京都昭和五四年度沿道調査(新田ら報告)、東京都昭和五七・五八年度沿道調査及び東京都昭和六一・六二年度沿道調査(小野ら報告)において、概ね、道路沿道二〇メートル以内、あるいは五〇メートル以内の住民の喘息様症状を含む呼吸器症状の有症率が、五〇メートルを超える後背地区の住民のそれよりも有意に高いことが多く、年少者や非喫煙者においてその傾向が明瞭となるとの結果が得られており、結論としても、自動車排出ガスによる影響によって地区間の有症率の格差を説明するのが妥当であるとされているところである。

したがって、千葉大調査によって得られた結果は、予想外の突発的なものではなく、幹線道路沿道の汚染に関連付けた過去の疫学調査(すべて断面調査)から、ある程度予測されたものであるということができる。

6 千葉大調査は、多数の小学校の児童を対象とした相当に大規模な疫学調査であるが、追跡調査に係る沿道地区の対象者数二五三人、沿道地区の解析対象者数一九四人とそれほど多くはないため、その解析結果の信頼度・安定度に全く難点がないわけではない。

しかしながら、千葉大調査は、様々の角度から大気汚染や児童の健康を観察しており、調査手法も非常に綿密なものであること、解析結果は、汚染暴露と発症との間の先後関係に混同が生じる余地のない追跡調査による新規発症率に関するものであることに照らせば、その解析結果は、民事裁判における因果関係の認定に使用する証拠としての信頼性を有すると認めて差支えがない。

幹線道路沿道というのは商業地化による居住人口の減少傾向が進んでいるであろうから、沿道地区の対象児童を多数確保することは困難であろうし、追跡調査のためには毎年の綿密な調査の繰返しが必要なのであって、調査に要する時間、労力、費用という観点からみれば、おそらく、千葉大調査の規模は、現時点で望み得るこの種の調査の規模として決して小さなものであるとは考えられず、解析対象者の人数の点だけをとらえて、解析結果の信頼性を否定することは適切ではないと思われるのである。

7 右に検討したとおりであって、千葉大調査の結果は、偶然又は因果関係のある他の要因に影響されて見かけの関連を示していると評価するよりも、対象地域の幹線道路沿道五〇メートル以内に居住してその地区の大気汚染に暴露した事実と気管支喘息の発症との間の原因・結果の関係を明らかにした疫学的知見であると評価するのが相当である。

8 ところで、乙う第一五〇号証及び第一一三号証によれば、(一)英国保健省に設けられた大気汚染の健康影響に関する委員会は、平成七年、世界中の利用可能な実験的知見と疫学的知見に基づき、喘息と屋外大気汚染との関係を総合的に検討した結果を「ASTHMA AND OUTDOOR AIR POLLUTION」と題する報告(丙B第一一三号証)によって公表したこと、(二)右報告は、検討結果の結論として、喘息の発病に関しては、大部分の入手できる証拠は、非生物学的な大気汚染の影響を支持しないものであり、英国では過去三〇年間喘息が増加してきているが、これは大気汚染の変化の結果であるとは思われないとしていること、(三)もっとも、右報告は、実験的知見からは、気体と粒子の両方の汚染物質に対する暴露が、アレルゲンに対する感作の可能性を増加し得る(アジュバント効果がある)という推定を支持しているとし、研究された反応の中では、ディーゼル排気微粒子(DEP)に対する暴露によって起こる亢進された感作と非常に細かい金属を含む酸被覆粒子の影響が、多分、最も興味があるものであり、これらの反応は、低レベルの暴露でも示され、ヒトの大気環境レベルでの暴露にも関係する可能性があるとしていること(丙B第一一三号証・四―一二九・一三三〇)、(四) また、右報告は、大気汚染調査の中で報告されている喘息の有病率又は入院と幹線道路に近いこととの関連性の強さは、自動車の排気への評価の元来の性格に鑑みて注目すべきものであるが、地方的な交通密度が、問題とされる特定の汚染物質への個人暴露の指標としてより完全に確認されるまでは、これらの知見にそれ以上の説明を加えるには困難性が残るであろうとしていること(丙B第一一三号証九―六五)が認められる。

英国の右報告は、道路沿道汚染に関連付けたわが国の疫学調査のうち、認定事実第四章第三の「東京都昭和五四年度沿道調査(新田ら報告)」及び「東京都五七・五八年度沿道調査」にも触れているが(丙B第一一三号証九―五六)、それ以外の疫学調査には触れておらず、千葉大調査については、報告の時間的な先後関係に照らして参考にしなかったものと考えられるが、いずれにせよ、英国における右報告は、幹線道路沿道のDEPによる大気汚染と気管支喘息との関係を否定しようというものではなく、千葉大調査の結果に関する当裁判所の証拠の評価や因果関係に関する当裁判所の認定判断を左右するものとは認められない。

三 千葉大調査の知見の尼崎市への当てはめ

1 国道二号線沿道への当てはめ

(一) 千葉大調査対象地域の自排局における平成以降の二酸化窒素及び浮遊粒子状物質の一日平均値の98%値は図表四三①のとおりであるところ、尼崎市の自排局においては浮遊粒子状物質の測定が行われていないので、二酸化窒素測定値で比較すると、国道二号線においては、昭和五六年度以前が、国道四三号線沿道においては全面開通(昭和四五年三月)から平成八年度に至る全年度が千葉大調査対象地域の自排局測定値に匹敵している。

(二) しかしながら、道路沿道汚染による呼吸器への悪影響は、自動車由来の粒子状物質によるものといわなければならないところ、粒子状物質に関する限り、ディーゼル車の排出量が圧倒的に大きいうえ、実験的知見によって有害性が明らかにされているものが微小粒子に属するディーゼル排気微粒子(DEP)であることからすれば、二酸化窒素濃度での対比のみならず、交通量や大型車混入率をも対比しなければ、千葉大調査の知見を本件道路沿道に当てはめることは困難である。

(三) ところで、丙B第二三四号証によれば、平成八年度三歳児調査(認定事実第四章第二の一一)が行われた全国三六地区の幹線道路の平成六年度の一二時間交通量及び大型車混入率は図表五〇のとおりであることが認められる。

千葉大調査対象地域の幹線道路となっている図表五〇(6)の国道六号線及び国道一六号線の平成六年度の一二時間交通量及び大型車混入率は、それぞれ、三万七二七五台及び四万一三二四台、15.8%及び27.1%であり、千葉大調査においては、平成二年度の昼間一二時間交通量は、千葉市が約四万六〇〇〇台、船橋市が一万七〇〇〇台ないし七万七〇〇〇台、柏市が約四万四〇〇〇台、市川市が約五万二〇〇〇ないし八万二〇〇〇台であったとされている。

国道二号線の交通量及び大型車混入率は相当に少なく、しかも、昭和五五年度の国道二号線の交通量が、四万台程度、大型車混入率が一〇パーセント台であり(図表三②)、それ以前の国道二号線の交通量や大型車混入率がそれよりも格段に大きかった事実も窺えないから、国道二号線沿道の大気汚染は、昭和五六年度までの時期(自動車単体からの窒素酸化物の排出規制の効果が顕在化していなかったと思われる時期)の二酸化窒素濃度こそ高いものの、自動車由来の粒子状物質による汚染状況が千葉大調査対象地域の幹線道路沿道ほどであったのかどうかは不明であるといわざるをえず、証拠上、千葉大調査の知見を適用できるのかという点には否定的にならざるをえない。

2 国道四三号線沿道への当てはめ

(一) これに対し、図表五〇(25)の尼崎市の国道四三号線の一二時間交通量は六万一九二八台、大型車混入率は31.2パーセントにまで達しており、全国的にみても、一般国道で尼崎市の国道四三号線ほどの交通量及び大型車混入率を示しているのは、名古屋市南区の国道二三号線(図表五〇(16))しか見当たらず、国道四三号線沿道の大気汚染は、自動車由来の粒子状物質による汚染状況が、千葉大調査対象地域の幹線道路沿道の汚染状況を上回るものであったと認めて差支えがなく、千葉大調査の知見を適用できるというべきである。

(二) もっとも、いつの時期以降の国道四三号線沿道の汚染状況がそうであるのかという点は、検討すべき問題である。

交通量と大型車混入率だけからみれば(図表三①)、昭和四五年三月の全面開通以前においても、国道四三号線の汚染状況が千葉大調査対象地域の幹線道路沿道の汚染状況に匹敵するということができるが、粒子状物質の主要発生源であるディーゼル車の普及率は、年代によってかなり異なっており(図表五⑤)、昭和四〇年代前半には、ガソリンバス・トラックも相当に普及していたと考えられるところであって、昭和四五年三月以降の全面開通以前の段階で既に、国道四三号線沿道には、千葉大調査対象地域の幹線道路沿道汚染(粒子状物質による汚染)に匹敵する程度の大気汚染が存在していたはずだと認めるには慎重にならざるをえないところである。

(三) さらに、現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)の国道四三号線沿道の汚染状況が千葉大調査対象地域の幹線道路沿道の汚染状況に匹敵するものと認められるのかという点も、一応、検討すべき問題である。

確かに、阪神高速湾岸線の開通及びその後の兵庫県南部地震という事情に加え、平成九年には、国道四三号線の車線がそれまでの八車線から六車線(片側三車線)に削減され、実際に、平成八年度、九年度の尼崎市の国道四三号線の一日交通量が七万台程度(大型車混入率二七パーセント程度)まで減少しているが、それでも、平成九年度の一二時間交通量が千葉大調査対象地域の幹線道路の交通量のレベル以下にまで減少したということはできないと思われる。

また、国道四三号線の交通量の減少によって自動車由来の粒子状物質による汚染がどの程度緩和されたのかという点は、国道四三号線沿道において浮遊粒子状物質の測定が行われていないので定かではなく、千葉大調査対象地域の自排局の浮遊粒子状物質の測定値との比較検討ができない。

確かに、国道四三号線に最も近い南部測定所の浮遊粒子状物質の一日平均値の98%値をみると、平成八年度及び平成九年度の二年間にわたって環境基準に適合する状態となっており、同測定所の年平均値をみても平成九年度が0.036mg/m〈UP〉3〈/UP〉であって平成八年度までと比較して減少しているが、他方、国道四三号線沿道の自排局及び大気汚染測定車(あおぞら号)による二酸化窒素の平成九年度の測定値は、昭和六〇年度から平成六年度までの測定値のレベルと大差がないから、南部測定所の浮遊粒子状物質の測定値の低下を、自動車由来の粒子状物質による沿道の局所的な大気汚染の大幅な緩和とを結びつけて考えてよいのかどうか疑問の余地がある。

結局のところ、国道四三号線や大阪西宮線からの粒子状物質の排出量がどの程度減少しているのかという点及び実際の国道四三号線沿道地区の浮遊粒子状物質の測定値の推移が明らかではない本件においては、一日交通量が七万台程度まで減少しているという事情はあるにせよ、現在の国道四三号線沿道の汚染状況が千葉大調査の知見を当てはめることができない程度にまで緩和されているとまではいえない。

(四) したがって、千葉大調査対象地域の幹線道路沿道汚染に匹敵する程度の大気汚染が国道四三号線沿道に存在したと考えられ、国道四三号線沿道に千葉大調査の知見を当てはめることの妥当性を肯定するのが相当である時期は、国道四三号線の交通量が飛躍的に伸びた昭和四五年三月の全面開通後から現在までというべきである。

なお、国道四三号線の交通量及び大型車混入率の大きさが全国でも有数であることからすれば、千葉大調査の知見(幹線道路沿道五〇メートルの範囲での気管支喘息の新規発生率の著しい過剰)は、国道四三号線沿道に関する限り、沿道五〇メートルを超える地域にも適用が可能であろうとも考えられるが、一体全体沿道何メートルまで適用が可能なのかを知るためには、気管支喘息の新規発症率と自動車由来の粒子状物質との関係に関する詳細な知見及び国道四三号線沿道での自動車由来の粒子状物質の測定値が必要となるが、そのような知見及び測定値は存在しないのであるから、千葉大調査の知見の適用は、その調査及び解析が行われた際の区分に従い、沿道五〇メートルの範囲に限定せざるをえない。

(五) ところで、平成元年から平成五年にかけて行われた尼崎市特定呼吸器疾病調査(認定事実第四章第四の一二)においては、幹線道路からの距離による生活環境別の気管支喘息患者数でみた場合、幹線道路沿道において気管支喘息患者の割合が目立って「少ない」という結果が報告されている。しかしながら、この調査で把握された気管支喘息の新規発生数は、医療費と引換えに情報提供に応じた保護者の子供のみであってその発生数の把握の方法が非常に曖昧であり、尼崎市地域の患者分布状況の理由を検討するための情報(例えば転居歴)の収集までは行われていないことが窺われる。したがって、右調査の結果をもって、千葉大調査の知見を国道四三号線沿道五〇メートル以内の地区へ当てはめることの妥当性を否定するほどのものとすることもできない。

3 大阪西宮線沿道への当てはめ

大阪西宮線は、尼崎市市内の殆どにおいて国道四三号線の真上に設置されているが、車道の高さが一二メートル以上の高高架構造であり、尼崎市の気象条件は、北東系の風向と南西系の風向が拮抗して卓越し、大阪西宮線と並行の風(西風や東風)は少ないから、大阪西宮線からの道路排煙は、多くの場合に沿道の地上付近に届くまでに相当に拡散しており、それ単独では、国道四三号線のように道路沿道の地上付近に局所的な汚染をもたらすものと考えることはできない(認定事実第二章第四)。それでも、大阪西宮線の道路排煙の一部は国道四三号線の道路排煙と複合して国道四三号線沿道の局所的大気汚染を形成しているのであるし、大阪西宮線の交通量、大型車の混入率、浮遊粒子状物質の排出量等(第六編第二章第二ないし第四)も合わせ考慮すれば、大阪西宮線の右道路部分については、国道四三号線と同様これと合わせて千葉大調査の知見を当てはめることができるといえる。そして、その当てはめることの妥当性を肯定するのが相当である時期は、大阪西宮線の供用が開始された昭和五六年六月から現在までというべきである。

しかし、尼崎市の東端の少しの区間では大阪西宮線が国道四三号線よりもやや南側にはみ出している場所があり、その部分では、大阪西宮線の道路沿道五〇メートル以内であっても国道四三号線の道路沿道五〇メートル以内ではないという場所が出てくることになる。右の場所においては、大阪西宮線の道路構造や気象状況に照らせば、大阪西宮線は、それ単独では国道四三号線のように道路沿道の地上付近に局所的な汚染をもたらすと考えることができず、千葉大調査の知見を右のような大阪西宮線沿道へ当てはめることは必ずしも適当ではないというべきである。

第五 国道四三号線沿道の大気汚染と指定疾病との関係について

一 国道四三号線沿道の大気汚染と気管支喘息の発症

1 発症因子性

(一) 右にみたように、昭和四五年三月以降現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの国道四三号線の沿道五〇メートル以内に存在する自動車由来の粒子状物質による大気汚染(以下「本件沿道汚染」という。)は、これに継続的に暴露することによって気管支喘息の発症を促す危険があり、その危険の程度は、そのような汚染のない地区の概ね四倍程度であり、アレルギー歴が気管支喘息の発症を促す危険と概ね同程度であるということができる。

(二) 右の主要な根拠となる千葉大調査の知見は、小学生を対象とした疫学調査であるが、気管支喘息は、若年層でアトピー素因に基づいて発症する者が非常に多いという傾向が明瞭であるものの、若年層あるいは高齢層に特有の疾病というわけではないから(認定患者の分布状況に関する図表一一参照)、本件沿道汚染が気管支喘息の発症を促す危険は、小学生ばかりでなく、それ以外の成人にも当てはまるということができる。

(三) また、喘息性気管支炎の症状と気管支喘息の症状との連続性(認定事実第三章第三の八)からすれば、本件沿道汚染が喘息性気管支炎の発症を促す危険は、気管支喘息と同様のものということができる。

2 発症の因果関係

(一) 公健法の第一種地域の指定は、二酸化硫黄年平均値0.05ppmを超える程度の著しい大気汚染が存在し、かつ、呼吸器症状(持続性咳・痰)有症率が自然有症率の二倍以上存在すると認められる地域について行われていたが、それは、そのような地域の大気汚染が持つ呼吸器への影響力が、地域の人口集団全員について、気象条件、地理的条件、社会経済的条件、性差、加齢など様々の不特定の発症因子の影響力を上回っていると考えられ、大気汚染と人口集団との間の集団的な因果関係を肯定することに合理性があるとの考え方に基づくものと思われる(基礎的事実第五章第四の一、三及び四参照)。

(二) この考え方は、逆からいえば、地域の有症率の過剰の程度が小さい場合(例えば1.5倍)には、大気汚染の影響力が、地域の人口集団全員について他の不特定の発症因子の影響力を上回っているとはいえず、大気汚染に対する感受性の強い人が大気汚染の影響で発症している事実が一概に否定できないとしても(それが誰であるのかはおよそ判別しえない)、集団的な因果関係を肯定することに合理性がないことを意味する。

(三) 患者個々人について医学的・臨床的に指定疾病の発症因子を判別することが不可能であり、集団的な因果関係と個別的な因果関係という二段階の検討を経て大気汚染と指定疾病との間の因果関係の判定を行う必要があるとする以上、大気汚染の持つ影響力の強さの程度を度外視して因果関係を論じることはできず、公健法の第一種地域の指定の際の基本的な考え方は、本件においても参考とすべきである。

(四) なぜなら、相対危険度やオッズ比によって示される大気汚染の影響力がさほど大きくない場合には、人口集団における健康影響指標(有症率や新規発症率)の過剰を大気汚染で説明する根拠とすることまではできても(したがって、公衆衛生の観点から環境行政を押し進める根拠としては十分であっても)、有症者個々人が大気汚染が原因で発症している確率は高くないから、個々人の症状と大気汚染との間の因果関係を一括して肯定する(集団的な因果関係を肯定する)根拠としては薄弱といわざるをえないからである。

(五) しかしながら、本件沿道汚染は、これが存在しない地区の四倍程度もの気管支喘息の新規発症率に関与しているとなれば、本件沿道汚染と気管支喘息発症との間の集団的な因果関係については、これを肯定して差支えがないといわなければならない(ただし、どの程度の継続的な暴露があれば本件沿道汚染との間の因果関係が確からしいかという個別的な因果関係の検討は必要であり、その点は後記第六章のとおりである。)。

3 発症による因果関係の肯定される健康被害の範囲

本件沿道汚染によって気道過敏性を獲得し気管支喘息を発症した者については、その気道過敏性が容易に解消されるとは認められないから(認定事実第三章第三の六)、沿道患者個々人の症状経過に照らして気管支喘息の症状が寛解したとの個別的な因果関係を否定する事情が現れない限り、本件沿道汚染から離脱した後の気管支喘息による健康被害も、一般的には、本件沿道汚染と因果関係に立つものということができる。

二 本件沿道汚染と気管支喘息の増悪

1 増悪に関する集団的因果関係が問題となる場合

右にみたとおり、本件沿道汚染に起因して気管支喘息を発症したと認められる者については、その発症後の症状(健康被害)は、全て、本件沿道汚染によってもたらされた気道過敏性に由来するものとして、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定されるのであり、そのような者に関する限り、本件沿道汚染が気管支喘息の症状を「増悪」させる因子であるのかどうかを問う意味が乏しい。

すなわち、本件沿道汚染が気管支喘息の症状の増悪をもたらす因子となるかどうかが問題となるのは、本件沿道汚染への暴露に由来しないで気管支喘息に罹患しているとみられる者(そのような者の中には暴露後短期間で発症した者も含まれるのであるが、以下、そのような者を便宜上「暴露前発症者」と総称する。)についてである。

したがって、本件沿道汚染が、気管支喘息の症状(発作による呼吸困難)を誘発する因子あるいは気管支喘息の難治化をもたらす因子と考えられる場合には、暴露前発症者についても、本件沿道汚染と気管支喘息の症状との間の集団的な因果関係が肯定される。そこで、そのような観点から、本件沿道汚染の気管支喘息症状の増悪因子性を検討する。

2 本件沿道汚染の症状誘発因子性

(一) 乙う第八一号証(グローバルストラテジー)及び証人宮本昭正の証言によれば、気管支喘息の発症を促す因子となるものは、同時に、気管支喘息の症状を誘発する因子となること、グローバルストラテジーにおいても、大気汚染は、気管支喘息の発病にかかわる危険因子であると同時に喘息発作を誘発する危険因子となるとされていることが認められる。

また、二酸化硫黄や自動車の排気ガスによって気管支喘息の発作が誘発されることは臨床医学上も一応経験されることのようである(認定事実第三章第三の三3)。

しかも、本件沿道汚染は、気管支喘息の発症因子としてはアトピー素因と同程度の強い影響力を有していると認められる以上、本件沿道汚染に暴露する前に既に気管支喘息を発症している者(通常人よりも遥かに気道が過敏な状態となっている気管支喘息患者)が継続的に暴露した場合には、その者の気管支喘息症状に全く影響しないとは到底考えられない。

(二) したがって、暴露前発症者が本件沿道汚染に継続的に暴露した後の気管支喘息の健康被害は、既に獲得された気道過敏性に本件沿道汚染が加わることによってもたらされており、本件沿道汚染と因果関係に立つものといわなければならない(ただし、どの程度の暴露があれば本件沿道汚染との間の因果関係が確からしいかという個別的な因果関係の検討は必要であり、その点は後記第六章のとおりである。)。

(三) なお、定期的に医師の診察を受けて対症療法による管理を受けている者にあっては、本件沿道汚染暴露後も、その症状に劇的な変化はみられないであろうし、そもそも気管支喘息の症状の詳細を事細かに認定するのは事柄の性質上困難であり、暴露前発症者の症状の劇的な増悪などが認められないとしても、本件沿道汚染の影響による症状の増悪がないということはできない。

3 本件沿道汚染の難治化因子性

(一) 暴露前発症者が、一定期間本件沿道汚染に暴露した後、本件沿道汚染から離脱した場合、離脱後も本件沿道汚染の影響を受け続けるのか、すなわち、本件沿道汚染が気管支喘息の難治性の獲得にどの程度寄与し得るものなのかという点については、確たる知見が見当たらない。

気管支喘息の発症及び症状誘発因子である本件沿道汚染に継続的に暴露したことによる影響は、離脱後もある程度までは継続するとみてよいのであろうが、本件沿道汚染が気管支喘息の難治化をもたらすという点が明確ではない以上、離脱後も長期間影響を与えるということはできないように思われる。

(二) 公健法は、第一種地域の大気汚染との関係で暴露前発症なのか暴露後発症なのかを問うことなく、暴露要件を充足する全ての認定患者に同一の補償給付を行うこととしている結果、第一種地域外で発症し第一種地域に居住して認定患者となった者に対し、その者の第一種地域外への転出後も補償給付を行うことをも制度として容認していると解されるのであるが、それが、大気汚染が指定疾病の難治化をもたらすという医学的根拠に基づくものなのか、発症時期を問題とすることによる給付業務の混乱を避けるための行政的な配慮なのかは定かではない。

したがって、右のような公健法の給付の構造は、暴露前発症者の本件沿道汚染離脱後の症状も本件沿道汚染と因果関係に立つ健康被害であるとすべき積極的な根拠とすることができない、

(三) 結局のところ、暴露前発症者個々人の症状経過に照らして暴露期間中の症状の増悪が気管支喘息の難治性をもたらしたことが明らかで、かつ、その原因を本件沿道汚染に求める以外には説明がつかないといった特別な事情が現れない限り、本件沿道汚染から離脱し、長期間経過した後の気管支喘息による健康被害は、一般的には、本件沿道汚染と因果関係に立つものということができない。

三 本件沿道汚染と慢性閉塞性肺疾患の発症・増悪

千葉大調査を中心とする道路沿道汚染に関連付けた疫学調査に基づき、幹線道路沿道の大気汚染が気管支喘息の発症・増悪を促す危険の有無・程度を把握することは可能であるが、慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎及び肺気腫)の発症を促す危険の有無・程度を把握することは困難である。

四日市市国道一号線等沿道調査、東京都昭和五四年度沿道調査(新田ら報告)、東京都昭和五七・五八年度沿道調査及び東京都昭和六一・六二年度沿道調査(小野ら報告)においては、慢性閉塞性肺疾患に係る健康影響指標の調査も行われており、幹線道路沿道の大気汚染が慢性閉塞性肺疾患の発症に関与していることが示唆されており、千葉大調査の学童の肺機能検査の結果においても、幹線道路沿道に居住する児童の閉塞性障害に係る指標の低下が指摘されている。

しかしながら、いずれにせよ、慢性閉塞性肺疾患の明確な病因とされている喫煙の影響あるいは他の発症にかかわる不特定の因子との比較において、幹線道路沿道汚染が慢性閉塞性肺疾患を発症させる危険の程度などは明確ではなく、右の四つの疫学調査(いずれも断面調査)に係る有症率・受診率から、直ちに、幹線道路沿道汚染あるいは本件沿道汚染と慢性閉塞性肺疾患との間の因果関係を論じることもできない。

なお、甲A第七八五号証中には、四日市市の大気汚染によって発症したとみられる慢性閉塞性肺疾患の症例が詳細に報告されており、この報告は、二酸化硫黄又は硫酸ミスト(硫黄酸化物及び浮遊粒子状物質)を中心とする大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との間の因果関係を肯定する非常に重要な報告であるとはいえ、硫黄酸化物が非常に少ない本件道路排煙と慢性閉塞性肺疾患との間の因果関係を裏付ける報告とすることはできない。

したがって、本件道路排煙が慢性閉塞性肺疾の発症・増悪の因子となる大気汚染を形成したものと認めるに足りる証拠は十分ではなく、本件沿道汚染と慢性閉塞性肺疾患の発症・増悪との間の集団的な因果関係を肯定することができない。

第七章 争点三(個別的な因果関係)に対する判断

第一 指定疾病の罹患及びその重症度の推認について

一 尼崎市認定審査会の認定手続

甲A第九一二号証、第一二二八号証の一ないし一〇、第一二七六号証ないし第一二七九号証、乙こ第四〇号証の五、第一五五号証の一〇、第一八二号証の五、第三九六号証の七、第五〇八号証の五、丙A第三号証によれば、公健法による認定申請をした者について、指定疾病に罹患しているのかどうか、罹患しているとしてその重症度が図表一二のどの区分に入るのか、あるいはどの区分にも入らない(いわゆる級外)のかという点に関する尼崎市認定審査会における認定及び認定の更新(認定の見直し)の手続は、争点に関する原告らの主張第三章第二の二に記載のとおりであることが認められる。

二 気管支喘息の罹患に関する推定

尼崎市認定審査会の認定及び認定更新の手続が、主治医以外の公的機関が行う肺機能検査の結果をも参考とする厳格なものであり、疾病の有無については三年ごとに、疾病の重症度については一年ごとに見直しの手続が行われていること、気管支喘息は臨床医にとってさほど診断に困難を伴う疾病でないこと(認定事実第三章第三の一)に照らせば、公健法による認定を受けているという事実は、認定患者が認定に係る指定疾病に罹患している事実を強く推定させるものといわなければならない。

したがって、本件患者個々人について、気管支喘息に罹患している事実に疑いを抱かせる特段の事実関係の立証がされない限り、本件患者が気管支喘息に罹患しているものと認めるのが相当である。

三 気管支喘息の重症度(障害度)に関する推定

1 推定の合理性

気管支喘息の症状の重症度に関する認定も右と同様にかなり厳格な認定及び見直しの手続がとられており、しかも、甲A第一二二八号証の七及び丙A第三号証によれば、重症度区分に関して環境庁長官が定めた基準(図表一二②及び④)に基づいて、個々の患者の認定等級を定めるについては、非常に詳細で具体的な運用を定めた通達(「公害健康被害補償法等の施行について」昭和四九年九月二八日環保企第一一〇号環境庁企画調整局環境保健部長通知・第二の2)に従った運用がされており、指定疾病以外の疾病を併発している場合には、指定疾病に係る部分についての呼吸器症状の重症度の評価が行われるように運用されているものと認められる。

したがって、本件患者個々人について、気管支喘息の重症度が認定等級(図表一二)に相当するものではないとの疑いを抱かせる特段の事実関係の立証がされない限り、その重症度が認定等級の程度であると推定するのが相当である。

また、右通達による認定手続の運用を前提とする限り、気管支喘息のほかに呼吸器症状を惹き起こす可能性がある疾病(例えば左心不全)を併発している者の認定等級は、その合併症が実際に一定の呼吸器症状をもたらしているとみられるという場合であっても、合併症の影響を除外して気管支喘息の症状を把握したものと推定することができるというべきである。

2 慢性気管支炎の合併がある場合の個別的な重症度の把握

(一) 尼崎市認定審査会の認定等級は、複数の指定疾病が合併しているという場合(本件で問題となるのは、成人が慢性気管支炎と気管支喘息とが合併している場合である。)、指定疾病ごとに重症度の判定を行っていないものというほかないが、そもそも、慢性気管支炎と気管支喘息とはいずれも閉塞性障害であり、両者の症状には一定限度で似通ったものがあるから、両者が合併している場合に、それぞれの症状の重症度を別々に把握するというのは、非常に困難なことであろうと思われる。

(二) 重症度区分に関して環境庁長官が定めた成人用の基準(図表一二②)は、息切れ、喘息又は喘息様発作、咳及び痰の三種類の臨床症状の程度及び心肺機能によって総合的に重症度(等級)を判定するものとなっているのであり、慢性気管支炎に典型的とされている息切れの程度が三級で喘息発作の程度も三級という場合には、両者を足し算して二級とするというものではなく、総合的に三級と認定することになると思われるのである。

結局のところ、喘息又は喘息様発作の程度とそれ以外の症状(息切れ並びに咳及び痰の症状)の程度が同程度の重みであると観察され認定等級の判定がされている場合には、慢性気管支炎を合併している本件患者の気管支喘息の症状の重症度をその者の認定等級によって把握することに問題はないというべきである。

(三) これに対し、喘息又は喘息様発作の程度が、それ以外の症状(息切れ並びに咳及び痰の症状)の程度と異なって軽度なものと観察されている場合には、慢性気管支炎を合併している本件患者の認定等級は、主として、より重い慢性気管支炎の症状に基づくものというべきであるから、気管支喘息の症状の重症度を認定等級によって把握することに問題があり、慢性気管支炎の影響を除外した気管支喘息の症状としては、それよりも低い等級のものと認めるべきこととなる。

第二 本件沿道汚染に継続的に暴露した者の範囲(別表B)について

一 争点第二に対する判断で説示したとおり、本件沿道汚染は、これに継続的に暴露することによって気管支喘息を発症・増悪させる因子となる大気汚染であるところ、本件患者のうち、公健法の認定によって気管支喘息に罹患している事実が推認され、かつ、国道四三号線沿道五〇メートル以内に居住・通勤・通学することにより、昭和四五年三月以降に存在した本件沿道汚染に継続的に暴露した事実がある者は、別表Bに記載のとおりの七九名である(以下「沿道患者」という。)。

二 原告番号三五四〈氏名略〉は、国道四三号線の南側に敷地が接している日本硝子尼崎工場に勤務していたものであるが、丙C第五号証の一によれば、日本硝子尼崎工場の広大な敷地は南北に数百メートル程も長く、その敷地のうち国道四三号線の沿道五〇メートル以内の範囲は、敷地全体の一割ないし二割程度であることが認められる。

本件においては、同原告が、日本硝子尼崎工場の敷地のどの場所で主に就業していたのかという具体的な就業状態が不明であって、単に、日本硝子尼崎工場に勤務しているというだけでは、本件沿道汚染に継続的に暴露しているということはできない。

三 右七九名の沿道患者以外の本件患者は、本件沿道汚染に継続的に暴露したとは認められないか、又は、気管支喘息に罹患しているとは認められないから、いずれにせよ集団的な因果関係が肯定できず、個別的な因果関係の検討を進めるまでもなくそれら本件患者に係る本件請求は理由がないことになる。

そこで、以下においては、集団的な因果関係が肯定される七九名の沿道患者について、果たして、本件沿道汚染に暴露したことによって気管支喘息を発症・増悪させたことがどの程度まで確からしいのかを検討することになる。

四 沿道患者の詳細

1 沿道患者の認定経過等

別冊Ⅱ(個人票)に記載の証拠、沿道患者の各原告番号に係る甲B号証の一(認定等に関する証明書)及び調査嘱託の結果によって認められる沿道患者の生年月日、死亡年月日、死亡年齢、初認定日、初認定時の年齢、初認定に係る指定疾病、疾病に関する認定変更日、変更後の指定疾病、重症度に係る認定等級は、別表Bの該当欄にそれぞれ記載のとおりである。

2 沿道患者の発症時期

(一) 各沿道患者に係る甲B号証の二(本訴提起後に作成された主治医の診断書)、陳述書、乙こ号証の一(公健法の認定申請書)、初認定時診断書、主治医診断報告書によれば、沿道患者の気管支喘息の発症の時期及び発症当時の年齢は、概ね別表B「発症時期」及びその右横の「年齢」欄に記載のとおりである。

(二) 初認定に係る指定疾病が慢性気管支炎で変更後の指定疾病が気管支喘息である沿道患者の発症時期は、気管支喘息の症状が現れた時期である。

(三) 喘息性気管支炎の症状と気管支喘息の症状との間には連続性があり、当初喘息性気管支炎とされ後日気管支喘息とされた場合には、喘息性気管支炎の症状は気管支喘息の前駆症状とみて差支えがないから(認定事実第三章第三の八)、初認定に係る指定疾病が喘息性気管支炎で変更後の指定疾病が気管支喘息である沿道患者の発症時期は、喘息性気管支炎の症状が現れた時期である。

3 沿道患者の本件沿道汚染への暴露期間

沿道患者の本件沿道汚染への暴露期間及び暴露態様は、別表B「暴露期間」欄に記載のとおりである(別表Bには、別冊Ⅱに【道路沿道二〇〇メートル以内の汚染への暴露】として記載した事項のうち、昭和四五年三月以降の国道四三号線沿道五〇メートル以内の汚染に暴露した期間のみを記載した。)。

別表B「暴露期間」欄の「(住)」の併記は居住場所で本件沿道汚染に暴露したことを、「(勤)」の併記は勤務先で本件沿道汚染に暴露したことを、「学」の併記は国道四三号線に接して設置された城内小学校に通学することによって本件沿道汚染当該期間に暴露したことを意味する(以下、国道四三号線沿道五〇メートル以内に居住しておらず、城内小学校へ通学したことにより本件沿道汚染に暴露した沿道患者二三名を「通学暴露者」という。)。

4 沿道患者に対する給付額

調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨によって認められる沿道患者に対する公健法、特別措置法及び市条例による給付額の合計(療養の給付及び療養費を除く)は別表B「給付合計額」欄に記載のとおりである、(図表一四⑪欄の記載と同じ)。

第三 個別的な因果関係の判定基準(暴露要件)について

一 発症に関する個別的な因果関係

1 公健法は、指定疾病の発症因子となり得るとされた大気汚染(第一種地域の大気汚染)にある程度継続的に暴露したというだけで、大気汚染と申請患者の指定疾病との間の因果関係を肯定するものではなく、医学的知見に基づく中公審の答申に基づき、申請患者各人の大気汚染への暴露状況を属人的に判断する基準(暴露要件)を設定し、この基準に該当する者の指定疾病のみ、大気汚染との個別的な因果関係が確からしいと判断すべきものとしており、気管支喘息についてみると、

(一) 認定申請時まで引き続き一年以上(一歳未満は六月以上)居住することによって暴露している場合、

(二) 認定申請時までの二年六月間に一年六月以上(一歳未満は申請時まで六月以上)居住することによって暴露している場合、

(三) 認定申請時まで引き続き一年六月以上、通勤・通学することによって一日八時間以上の暴露が常態化している場合、

(四) 認定申請時までの三年三月間に二年三月以上、通勤・通学することによって一日八時間以上の暴露が常態化している場合、

には、因果関係が肯定されることになる。

2 本件においては、公健法所定の暴露要件以外には、個別的な因果関係の判定基準を示唆する知見は見当たらないし、公健法所定の暴露要件が専門家による検討を経たうえでの中公審の答申に基づくものであるから、本件においても、沿道患者が公健法の暴露要件を充足する場合には、その者の気管支喘息の発症が本件沿道汚染に起因するとの個別的な因果関係を肯定すべきである。

すなわち、例えば、居住地において、昭和四五年三月以降に存在した本件沿道汚染に一年以上暴露した後に気管支喘息を発症した沿道患者については、本件沿道汚染が原因となって気管支喘息を発症したとの個別的な(発症の)因果関係を肯定すべきである。

3 なお、疫学的手法によって人口集団の疾患の過剰が大気汚染に起因することが判明しても、このことは、本来は、集団に属する個々人の疾患が汚染に起因する確率が高いことを意味するにとどまり、直ちに、沿道住民個々人の疾患が汚染に起因するとの事実までを意味するものではない。

しかしながら、本件沿道汚染が気管支喘息の発症をもたらす危険度がこれがない場合の四倍であるとの危険度の大きさに照らせば、沿道患者が公健法の暴露要件を充足する場合には、その気管支喘息が本件沿道汚染に起因する確率が極めて高いということになるから、沿道患者個々人の気管支喘息が本件沿道汚染に起因する高度の蓋然性がある、すなわち、個別的な因果関係があると認めて差支えがなく、特に大気汚染に起因する確率を考慮して割合的な因果関係を検討するまでもないというべきである。

二 発症に関する個別的な因果関係とアトピー素因との関係

1 千葉大調査の解析結果に係るオッズ比(認定事実第四章第三の八4(六))をみれば、本件沿道汚染が気管支喘息の発症に関して有する影響力の強さは、不特定の発症因子の影響力の強さを大きく上回るものの、アレルギー歴(蕁麻疹、アレルギー性鼻炎、アレルギー療法又はアレルギー体質の指摘、湿疹)があること、すなわち、ありふれた環境アレルゲンに感作し易い体質(アトピー素因)が気管支喘息の発症に関して有する影響力の強さとは同程度である。この点は、本件沿道汚染と気管支喘息の発症との間の因果関係を考えるうえで、どのように考えるべきかについて検討する。

2 まず、本件沿道汚染が気管支喘息を発症させる医学的な機序は不明であるものの、アトピー型の気管支喘息を発症させる因子となりえないと考えるべき根拠は乏しいから(自動車由来の粒子状物質がⅠアレルギー反応を促進するアジュバント効果があることが示唆されていることは既にみたとおりである。)、本件沿道汚染は、アトピー型と非アトピー型の別を問わず、一般に気管支喘息の発症因子となるとしなければならない。

抽象的にいえば、アトピー素因のある人が本件沿道汚染に継続的に暴露することにより、アトピー素因と同程度の影響力を有する因子が加わることになって、気管支喘息を発症する危険が二倍程度に膨らむことになるはずであって、アトピー素因を有する者の場合には本件沿道汚染に暴露しても発症の危険度が変わらないわけではないから、アトピー素因を有する者についても、公健法の暴露要件によって個別的な因果関係の判定を行うことに支障はない。

3 ところで、アトピー素因は、必ずしもアトピー型の気管支喘息を発症し易い体質というわけではなく、アトピー素因がある集団のうち、気道において感作し易い体質を有する者が実際にアトピー型の気管支喘息を発症すると考えられるのであるから、本来は、アトピー素因ということではなく、気道において感作し易い体質が気管支喘息の発症に非常に強い影響力を有しているものというべきである。

そして、気道において感作し易い気管支喘息を有する人口集団に対してとそうでない人口集団に対してとでは、本件沿道汚染の影響力は大きく異なるのであるから、同じ暴露要件を当てはめて個別的な因果関係を検討してみても、本件沿道汚染と気管支喘息との間の因果関係の確からしさの程度は異なるものといわざるをえず、そのような体質と本件沿道汚染のいずれもが、それ以外の様々の不特定の因子の影響力を凌駕して発症に非常に強い影響力を有すると認められる。

このような二つの因子が競合している状態で気管支喘息が発症した場合には、本件沿道汚染とアトピー素因のいずれか一方だけが関与して気管支喘息が発症したというよりも、むしろ、いずれもが関与して気管支喘息を発症させたというべきであるから、因果関係の競合があったものと扱うべきである。

4 因果関係の競合がある場合には、本件沿道汚染と気管支喘息の発症との間には確かに因果関係(競合する一方の因果関係)があるのだが、因果関係があるというだけで、本件沿道汚染の原因者に対し、気管支喘息の発症という健康被害の全部の責任を負わせるのは、不法行為法の理念である損害の公平な負担の実現にもとることにもなるから、本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係自体は肯定されるが、民法七二二条二項の趣旨を類推して、汚染原因者が賠償すべき損害の額を相当程度減額すべきである。

5 気道において感作が成立しているかどうかは、吸入誘発試験によって確実に知ることができるものの、吸入誘発試験は本件患者についてはもちろんのことわが国の一般の臨床医療上殆ど行われていない。そのため、気道において感作し易い体質の有無は、吸入誘発試験との一致率が比較的高く、かつ、気管支喘息との間の強い関連性が一般に承認されている吸入性アレルゲン(ハウスダスト、ダニ、カビ、ドウブツ)に対する特異的IgE抗体価(RAST)の指標を用いて判定するのが適当であり、そのスコアが「二」以上の場合に、気道において感作し易い体質という意味でアトピー素因を認め、損害の額を減額するのが相当である。

6 なお、血清総IgE値(RIST)は、その値が非常に低い場合に、気道を含めた全身で感作し易い体質が存在しないという否定的な判定指標として用いることが可能であるが、気道における感受性を知ることは不可能であり、皮内反応、アレルギー疾患既往歴、アレルギー疾患家族歴という一般的な指標も同様に、気道における感受性を知る指標とはなりえない(認定事実第三章第三の四)。

さらに、喀痰又は抹消血の好酸球増多という検査所見があることは、必ずしも、その者の気管支喘息がアトピー型の気管支喘息であるということを意味しないのであり、アトピー素因の有無の判断に特段の意味を有する指標ということはできない(認定事実第三章第三の四2(五))。

7 減額割合

アトピー素因は、人為的にコントロールすることが可能な大気汚染とは異なり、生来の体質であって被害者にとっていかんともし難い性質のものであること、アトピー素因というものが非常に特異な体質ではなく、わが国の国民にかなりの割合で存在するものであることを考慮すれば、損害の公平な負担の実現を考える場合にも、アトピー素因を大きな減額要因とすることにも無理があるから、減額の割合を三分の一にとどめるのが相当である。

三 増悪に関する個別的な因果関係

1 公健法の暴露要件は、直接的には、気管支喘息の発症を念頭に置いて定められたものと思われるが、本件沿道汚染が気管支喘息の増悪(症状の誘発)をもたらしたことの確からしさを判定するための他に拠るべき基準・知見は見当たらないから、公健法の暴露要件は、増悪に関する個別的な因果関係を判定する基準とすべきである。

したがって、居住地において、昭和四五年三月以降に存在した本件沿道汚染に一年以上暴露した暴露前発症者については、一年経過時以降の気管支喘息の症状と本件沿道汚染との間の個別的な(増悪の)因果関係を肯定すべきことになる。

2 増悪の終期

継続的に症状誘発因子に接したことの予後という意味において(すなわち難治性の獲得という意味ではない。)、暴露前発症者が本件沿道汚染から離脱した後いつまで本件沿道汚染の影響を受け続けるのかという点については、公健法の重症度の見直し期間が一年間とされていること(公健法二八条一項、公健法施行令一四条)、発症例ではあるが四日市の気管支喘息患者が空気清浄室に収用された後概ね一年程度で注射を要する発作の回数が減少して退院に至ること(認定事実第三章第三の九2(五))に照らして、これを一年間とすべきである。

したがって、暴露前発症者の本件沿道汚染離脱後一年間の気管支喘息による健康被害は、本件沿道汚染との間の個別的な因果関係を肯定すべきである。

3 増悪に関する損害賠償責任の制限

暴露前発症者に関しては、本件沿道汚染後の気管支喘息による健康被害は、いわば「既存疾患」による損害が拡大したというものであって、このような場合には、損害の公平な負担という観点から、民法七二二条二項が類推適用され、汚染原因者が負担すべき損害額が減額されるところ(最高一小平成四年六月二五日判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)、本件沿道汚染が気管支喘息の発症の原因とはなっていない以上、汚染原因者の賠償すべき損害の範囲は、本件沿道汚染暴露後に生じた損害の二分の一とするのが相当である。

4 増悪に関する個別的な因果関係とアトピー素因との関係

ところで、アトピー素因(気道において感作し易い体質)を有し、かつ、本件沿道汚染暴露前に発症している者については、本件沿道汚染とアトピー素因とが同様の影響力で気管支喘息の増悪因子となっているものといわざるをえないから、そのような者に対して本件沿道汚染が賠償すべき損害額は、本件沿道汚染暴露後に生じた損害の二分の一のうちの三分の二(本件沿道汚染暴露後に生じた損害の三分の一)とすべきことになる。

四 他疾患(慢性気管支炎を除く)の取扱いについて

1 他疾患を併発している沿道患者について、現実に、当該他疾患に由来する呼吸器症状が存在し、気管支喘息の症状の存在が疑わしい場合には、主治医の診断を基礎とする尼崎市認定審査会の認定が誤っていることになるから、当該患者が気管支喘息に罹患しているとの推定が覆されることになり、本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係そのものが否定されることになる。

2 これに対し、気管支喘息の症状の存在には疑問がない場合には、単に、呼吸器症状に関係する他疾患が存在するというだけでは、本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係が否定されることがないのは当然のことであるし、気管支喘息の重症度が認定等級よりも低いとの推定が働くわけではない。

なぜなら、他疾患(例えば心疾患)があっても日常生活に支障がないことも多いのであって、たまたま、他疾患によって心肺機能が低下している者が気管支喘息に罹患したことにより、その者の気管支喘息の症状が通常の気管支喘息患者のそれよりも重篤なものとなってしまったとしても(認定等級が一級、二級という上位のものになっていたとしても)、日常生活に支障がなかったような他疾患の影響を常に考慮して、因果関係の部分的な否定や損害額の減額を行うべきであるということにはならないからである。

したがって、他疾患の程度が、気管支喘息の有無にかかわりなく呼吸機能に影響をもたらしたであろう(あるいは日常生活に支障をきたしたであろう)と考えられる程度に重大である場合で、かつ、そのような呼吸器症状に強く関与しそうな他疾患の影響を排除しないまま気管支喘息の認定等級が定められた疑いが認められた場合のみ、気管支喘息の重症度に関する推定が覆されることになるというべきである。

五 右一ないし三で述べたとおりの個別的な因果関係に関する考え方に基づき、次の第四(個別的な因果関係及び症例の検討について)においては、集団的な因果関係が肯定される別表B記載の沿道患者を対象として、

1 本件沿道汚染と気管支喘息の発症との間の因果関係の有無、

2 本件沿道汚染と気管支喘息の症状の増悪との間の因果関係の有無

3 増悪に関する因果関係が肯定される期間

を検討するとともに、

4 その呼吸器症状が気管支喘息に由来するのではないと疑うべき事情(すなわち、他疾患に由来する呼吸器症状だけが存在し、気管支喘息の症状が存在しないにもかかわらず、気管支喘息に罹患したとの認定が行われたと疑うべき事情)の有無、

5 因果関係の競合として賠償額の減額が行われるべきアトピー素因の有無、

6 気管支喘息の重症度が認定等級とは異なることを窺わせる事情の有無

を検討し、あわせて、

7 後述第九章(争点五に対する判断)第二の三のとおり過失相殺事由となる喫煙歴の有無をも検討することにする。

第四 沿道患者に関する個別的な因果関係及び症例の検討について

一 通学暴露者二三名

1 通学暴露者(城内小学校への通学のみが本件沿道汚染への暴露原因となっている者)二三名は、いずれも、城内小学校へ通学する前の乳幼児期に気管支喘息の症状又はその前駆症状である喘息性気管支炎の症状を発症したものであるから、これらの者については、本件沿道汚染が発症に関与したとはいえず、既発の気管支喘息又は喘息性気管支炎の症状の増悪と本件沿道汚染との間の個別的な因果関係が検討の対象となる。

2 甲A第一二八〇号証の六の二〇、丙C第五号証の二及び検証の結果によれば、城内小学校の敷地は国道四三号線に接しており、その校庭は道路に接しているが、その校舎は、道路端から北側へ四〇メートルないし五〇メートル、あるいはそれ以上に離れた場所に建築されていることが認められるから、同小学校へ通学する児童は、学校に滞在している時間中、国道四三号線沿道五〇メートル以内の大気汚染に暴露する可能性があるということができるのであるが、小学生が年間を通じて一日何時間くらい学校に滞在しているのかを認定するに足りる証拠はなく、経験則上、小学生が年間を通じて一日八時間以上学校に滞在するものということもできない。

そうだとすれば、城内小学校へ通学したというだけでは、公健法の暴露要件に準じて個別的な因果関係を判定した場合には、本件沿道汚染と気管支喘息の増悪との間の因果関係を肯定することができないということになる。

3 そこで、公健法の暴露要件の定めに拘泥することなく、城内小学校への通学が居住に等しいものとして、個別的な(増悪の)の因果関係を肯定してよいかどうかについて検討するに、確かに、城内小学校に在籍する児童の中には認定患者が非常に多く、認定患者が全在籍児童に占める割合も相当に大きいことは既にみたとおりであるから(認定事実第四章第四の一一)、このような認定患者の過剰という事実は、城内小学校への通学は、そこに居住しているのと同視することも可能で、ここに通学することが気管支喘息の発症・増悪因子となることを裏付けるかのようである。

しかしながら、甲A第八九五号証の二、第一二八〇号証の一ないし八及び丙C第五号証の一、二によれば、(一) 城内小学校の校区は、訴外工場を含む尼崎市の南部臨海工業地域に隣接していること、(二) 尼崎市内の小学校のうち、校区内に国道四三号線沿道地区を含む小学校は、城内小学校以外にも、開明小学校、竹谷小学校、若葉小学校、西小学校があるが、その四校の校区とは異なり、城内小学校の校区は、国道四三号線沿道の南北とも住宅密集地となっている場所を広く含んでいることが認められる。

そうだとすれば、城内小学校における認定患者の過剰は、昭和四〇年代において工場排煙によって形成されていた尼崎市南部の著しい大気汚染の影響や国道四三号線沿道地区に居住する児童数が多いという事実からの影響によるものとも考えられるのであって、城内小学校への通学が、そこに居住しているのと同視してよく、ここに通学することが気管支喘息の発症・増悪因子となると考える決め手にはならないように思われる。

4 したがって、通学暴露者について公健法の暴露要件を緩和して個別的な因果関係の認定判断を行うことの根拠は見いだし難いというべきであって、通学暴露者二三名については、その気管支喘息又は喘息性気管支炎の症状と本件沿道汚染との間の個別的な因果関係を肯定することができず、通学暴露者二三名の本件請求は理由がないことになる。

二 本件沿道汚染離脱後の発症者五名

原告番号二二七、原告番号二六〇、原告番号二六三、原告番号四〇〇及び原告番号四七七の五名は、居住することによって継続的に本件沿道汚染に暴露したが、転居によって本件沿道汚染を離脱した後一年以上の期間が経過してから気管支喘息を発症したものである。

したがって、右五名については公健法の暴露要件に照らし、本件沿道汚染が原因となって気管支喘息を発症したとの個別的な因果関係を肯定することができない。

三 短期間暴露者(原告番号四六七)

原告番号四六七は、昭和四六年ころに気管支喘息を発症したうえ、昭和四八年に居住することによって本件沿道汚染に暴露しているが、その暴露期間が二か月程度であるから、公健法の暴露要件に照らし、本件沿道汚染が原因となって気管支喘息の症状が増悪したとの個別的な因果関係を肯定することができない。

四 原告番号二四

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

原告の発症時期は昭和四四年一一月(二歳)ころであり、昭和四五年三月以降存在した本件沿道汚染に暴露した後に発症したというわけではないから、その発症と本件沿道汚染との間に個別的な因果関係を肯定することができず、同原告については、暴露開始後一年が経過した昭和四六年三月から暴露離脱後一年が経過する昭和四七年四月までの間の症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因の有無

陳述書及び乙こ第二四号証の一一によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、アレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の増悪にはアトピー素因(気道において感作し易い体質である。本章において以下同じ。)が関与しているものというべきである。

RIST 八三〇(二九歳)

RAST

ダニ2 スコア四(二九歳)

ハウスダスト2 スコア三(二九歳)

ドウブツ―マルチ

スコア三(二九歳)

家族歴 母、妹、弟が気管支喘息

4 その他の事情

陳述書には「昭和四九年九月」以降に喫煙したとの記載があるが、同原告の年齢(昭和四一年生まれ)に照らせば、その記載は誤記であるといわなければならず、少なくとも、右損害認定期間に関する限り、継続的な喫煙があったとは考えられない。

五 原告番号二五

1 罹患を疑うべき事情

(一) 被告らは、同原告が気管支拡張症に罹患している疑いがあると主張するのでその点について検討する。

(二) 船越ら意見書、甲A第八四九号証、乙う第一〇一号証、第一一〇号証、丙B第四三号証によれば、以下の事実が認められる。

(1) 気管支拡張症は、気管支の限局性の拡張という不可逆的な気管支の形態異常によって、恒常的な咳・痰(しばしば血痰)が出現する疾患である。その病因によって、①先天性の気管支拡張症、②小児期の気管支肺炎や百日咳に伴う特発性の気管支拡張症、③肺結核、肺癌、慢性気管支炎に続発する気管支拡張症に分類される。

(2) 気管支拡張症は、恒常的な咳・痰を主要症状とするものであって、その症状だけからみれば、慢性気管支炎の主要症状と同様なのであるが、咳・痰が恒常化する機序は異なる。

慢性気管支炎における咳・痰は、気管支の慢性炎症に伴う気管支腺の肥大・杯細胞の増殖という分泌構造の変化、いわば気道の防御機能(クリアランス機能)全般の破綻に由来するものであるが、気管支拡張症における咳・痰は、拡張部位に分泌物が滞留することに由来するものである。

(3) 気管支拡張症における気管支の拡張部位は、通常、胸部レントゲン写真に現れないが、長期にわたり気道感染が繰り返される等の経過が長い場合には、胸部写真全体に、「浸潤影」「肺紋理増強」「粒状影」「索状影」などの様々の異常所見(二次的所見)が現れる。

もっとも、胸部レントゲン写真におけるこれら異常所見は、気道感染を長年にわたり繰り返した慢性気管支炎や肺気腫(閉塞性障害)を伴う慢性気管支炎の場合にも頻繁にみられるのであって、胸部レントゲン写真だけから慢性気管支炎と気管支拡張症を鑑別することは不可能である。

(4) 気管支拡張症における気管支の拡張部位は、気管支造影によって直接的に認識することが可能であり、その拡張の形態は、主に円柱状、紡錘状、嚢胞状に分類される。

慢性気管支炎患者の気管支においても、しばしば円柱状、紡錘状の異常な拡張所見がみられるのであるが、嚢胞状の拡張所見は、気管支拡張症に特徴的であって慢性気管支炎には稀であるとされている。

(5) 気管支拡張症の典型的な臨床症状は、拡張部位に滞留した多量の分泌物が、膿性あるいは泥状(どろどろした状態の)痰として周期的・恒常的に喀出されるというものであるが、最近では抗生物質の投与という対症療法によって、滞留部位での菌の増殖を抑制し、痰症状を緩和することが可能となっており、そのため、気管支拡張症の予後も相当に改善されてきている。

なお、呼吸困難は気管支拡張症の主要症状とは考えられておらず、慢性安定期において呼吸不全を起こす例は殆どないとされている。気管支拡張症で呼吸困難が生じるのは、症状の急性増悪期、症状の相当に進行した末期、細気管支炎を合併している場合であるとされている。

(6) 気管支拡張症であることを示す最も特徴的で重要な理学的所見は、喀痰量にかかわりなく聴取される(呼気時に限定されない)胸部の限局性の水泡音であり、喀痰量の多い症例では、胸部の限局性の種々のラ音が聴取される。

(7) 気管支拡張症と慢性気管支炎の鑑別

気管支肺炎や百日咳などのエピソードに伴って気管支の拡張が認められた例や嚢胞状の拡張所見が得られた例では、気管支拡張症の診断は容易であるが、通常、気管支拡張症と慢性気管支炎の鑑別は困難とされており、慢性気管支炎に続発する気管支拡張症が現れ、両者が合併している場合も稀ではないとされている。

一日のうち周期的に喀出される粘液膿性の喀痰、肺炎の繰り返し、過去の喀血・血痰などは、気管支拡張症と診断するための重要な病歴であるとされている。

(8) 気管支拡張症と気管支喘息の鑑別

気管支喘息は、通常は可逆的な発作性の呼吸困難を主要症状とし、かつ、全肺野の呼気時における乾性ラ音を特徴的な理学的所見とする疾患である。

これに対し、気管支拡張症は、恒常的な咳・痰以外を主要症状とし(通常は呼吸困難を伴わず)、呼気時に限られない水泡音を特徴的な理学的所見とする疾患であるから、問診によって病歴や呼吸困難の態様を把握し、聴打診を行うことにより、気管支拡張症と気管支喘息とを鑑別することは容易である。

なお、気道内径の小さい小児においては、気道分泌物が多い気管支拡張症の例で喘鳴がみられることがあるとされているが、その喘鳴が気管支喘息に由来するのか気管支拡張症に由来するのかを鑑別することが困難とはされていない。

(三) 右認定のとおりであって、呼吸器症状を訴える患者を継続的に診察している主治医が、気管支拡張症に特徴的な痰症状(恒常化した多量の泥状あるいは膿性の痰)や理学的所見(限局性の水泡音)を長年にわたって看過し、結果的に、気管支拡張症に由来する呼吸器症状があったにもかかわらず、これを気管支喘息に由来する呼吸器症状(発作性の呼吸困難)であると誤診するとの事態は、臨床上しばしば生じ得る過誤であるとは考え難いところであるから、主治医が気管支拡張症由来の呼吸器症状が存在することを観察していないという場合には、特段の事情がない限り、当該患者については、気管支拡張症由来の呼吸器症状が存在することを否定して差支えがないものというべきである。

(四) 同原告の主治医診断報告書によれば、同原告の主治医が気管支拡張症由来の呼吸器症状が存在することを観察していないことが明らかであり、誤診を示唆する特段の事情も窺えないから、同原告の呼吸器症状が気管支拡張症に由来している疑いがあるとすることはできない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告の発症時期は昭和四五年一二月(二六歳)ころであり、昭和四五年三月以降存在した本件沿道汚染に一年以上暴露した後に発症したというわけではないから、その発症と本件沿道汚染との間に個別的な因果関係を肯定することができず、同原告については、暴露開始後一年が経過した昭和四六年三月から暴露離脱後一年が経過する昭和四七年四月までの間の症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書及び乙こ第二五号証の一三によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、アレルギーに関係する家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の増悪にアトピー素因が関与しているとはいえない。

RIST 四〇(五二歳)

RAST

カビ―マルチ スコア〇(五二歳)

イネカ―マルチ スコア〇(五二歳)

ザッソウ―マルチ

スコア〇(五二歳)

ショクモツ―マルチ

スコア〇(五二歳)

コクモツ―マルチ

スコア〇(五二歳)

家族歴 長男、次女、次男が気管支喘息

4 その他

(一) 喫煙

陳述書によれば、同原告は昭和四九年以降継続的に喫煙していたものと認められるが、右損害認定期間中の喫煙の事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 気管支喘息の重症度区分

同原告の認定疾病は慢性気管支炎と気管支喘息であるところ、陳述書によれば、その両者は概ね同時期に発症しており、右損害認定期間中も両者の症状が存在したものと認められるところ、主治医診断報告書(乙こ第二五号証の三及び五)によれば、同原告の主治医は、昭和四九年および昭和五二年の時点の同原告の呼吸器症状は、気管支喘息の主要症状(喘息発作)が五段階の最も軽いものであり、慢性気管支炎の主要症状(息切れ・咳及び痰)が五段階の三番目に重いものであると観察していることが認められる。

したがって、同原告の初認定当時の認定等級(三級)は、主に慢性気管支炎の症状の重症度に着目して認定されたものというべきであって、気管支喘息の重症度は三級よりも軽度(いわゆる「級外」の程度)のものといわなければならない。

六 原告番号一六一

1 罹患を疑うべき事情

高橋補充意見書には、同原告の呼吸器症状が、脳動脈硬化症による嚥下反射の低下が原因となった嚥下性気管支性肺炎によるものと考えられる旨の記載がある。

確かに、陳述書及び乙こ第一六一号証の七によれば、同原告には、脳動脈硬化症の既往歴が認められるが、船越ら意見書によれば、脳動脈硬化症に罹患している者が嚥下反射を低下させ、このことによる肺炎を繰り返す場合があることは一般論としては考えられるものの、脳動脈硬化症に罹患している者が必ずそのような状態になるわけではないことが認められる。

本件においては、同原告が反復して嚥下性気管支性肺炎に罹患しその治療を受けていた事実を認めるに足りる証拠はなく、同原告には気管支喘息に特徴的な発作性呼吸困難や理学的所見がなく肺炎由来の呼吸器症状があるだけなのに、主治医が同患者が気管支喘息であると誤診した疑いがあるとすることはできない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、本件沿道汚染に暴露する前の昭和五一年一二月(六七歳)ころに発症しているから、同原告については、暴露開始後一年が経過した昭和六二年四月から暴露離脱後一年が経過する平成六年二月までの間の症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書、丙E第一六一号証の一、二によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、アレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の増悪にアトピー素因が関与しているということはできない。

RIST 一〇(八六歳)

RAST

ハウスダスト1

スコア〇(八四歳・八六歳)

ダニ スコア〇(八四歳・八六歳)

スギ スコア〇(八四歳・八六歳)

タンパク スコア〇(八六歳)

卵白 スコア〇(八四歳)

ミルク スコア〇(八四歳)

そば スコア〇(八四歳)

家族歴 娘と孫が気管支喘息

七 原告番号一七〇

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、国道四三号線の沿道に存する中央鋼材(株式会社)に勤務することによって本件沿道汚染に暴露したと考えられるのであるが、その発症時期(昭和三〇年)は国道四三号線が全線開通する前であって、同原告については、既に発症した気管支喘息の増悪と本件沿道汚染との間の個別的な因果関係が問題となる。

甲B第一七〇号証の三の一及び甲A第一二八〇号証の六の一八によれば、(一)中央鋼材は、同原告の家族が経営している鋼製品を取り扱う会社であり、その敷地は、事務所及び倉庫を含めて全部が国道四三号線沿道五〇メートル以内に含まれていること、(二)同原告は、昭和一六年ころ以降、自宅(国道四三号線沿道五〇メートル以遠)から中央鋼材に毎日通い、午前九時ころから午後六時ころまで仕事に従事していたこと、(三)同原告は、昭和五八年には体調をくずして中央鋼材の仕事をするのを止めたことが認められる。

したがって、同原告は、中央鋼材に通勤することによって本件沿道汚染に一日八時間以上暴露したものと認められ、暴露開始後一年半が経過した昭和四六年九月から暴露離脱後一年が経過する昭和五八年一二月(離脱月が不詳であるから、損害認定期間との関係では昭和五八年一月に離脱したものとすべきである。)までの間の増悪と本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

4 その他(喫煙)

陳述書及び主治医診断報告書によれば、同原告は、昭和三五年以降、一日一〇本程度の喫煙を継続していることが認められる(昭和五三年ころ禁煙したとの陳述書の記載は、主治医診断報告書の記載に照らして採用できない。)。

したがって、同原告の喫煙の事実は、過失相殺事由として損害額の算定の際に考慮すべきであり、損害額の四割を減額するのが相当である。

八 原告番号一七二

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、昭和四八年二月(二六歳)ころ、すなわち、本件沿道汚染に暴露開始後短期間(一か月)で発症したのであるから、その発症と本件沿道汚染との間に個別的な因果関係を肯定することができず、暴露開始後一年が経過した昭和四九年一月から暴露離脱後一年が経過する昭和五二年六月までの間の症状の増悪について個別的な因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書及び乙こ第一七二号証の四、五、七、一四、一五によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応及びアレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであるが、吸入性アレルゲンに対するRASTスコアが陽性でもなく、同原告の気管支喘息の増悪にアトピー素因が関与しているとまではいえない。

RIST 二九〇(四九歳)

二四〇(五〇歳)

RAST

イネカ―マルチ スコア二(五〇歳)

スコア二(四九歳)

ギュウニュウ スコア二(四九歳)

ソバ スコア二(四九歳)

ショクモツ―マルチ

スコア二(五〇歳)

ハウスダスト1 スコア一(四九歳)

ダニ1 スコア一(四九歳)

カビ―マルチ スコア一(五〇歳)

皮内反応 陽性

家族歴 長男、長女が気管支喘息

九原告番号一八六〜二三原告番号二五一〈省略〉

二四 原告番号二五二

1 罹患を疑うべき事情

(一) 被告らは同患者の喘息様症状は心臓喘息によるものであると主張するので、その点について検討する。

(二) 船越ら意見書、甲A第一一八八号証、第一一八九号証、丙B第七三号証によれば、以下の事実が認められる。

(1) 心疾患によって心臓の機能が低下した場合には、心拍数の増加や心拡大などの代償機序が働くため、疾患の程度が軽度な場合には特に臨床症状が現れない。

(2) 心疾患によって呼吸困難という臨床症状が現れるのは、冠動脈疾患、僧帽弁閉鎖不全、大動脈弁閉鎖不全などの左心の障害や負荷をきたす左心不全である。

左心不全の患者には、臨床症状がない場合でも胸部レントゲン写真によって肺うっ血を示す所見がみられ、聴打診により排水腫による特徴的な湿性ラ音を聴取することができる。

(3) 心疾患の重症度は、一般に、NYHA(New York Heart Associa-tion)の次のとおりの分類が用いられる。

Ⅰ度 自覚的運動能力に制限がない。

Ⅱ度 多少の自覚的運動能力の制限があり、通常の運動で疲労、呼吸困難、動悸、狭心症の症状が現れる。

Ⅲ度 著しい運動能力の制限があり、軽い運動で症状が現れる。

Ⅳ度 安静時でも症状があり、最も軽い運動でも症状が増悪する。

(4) 心臓喘息(あるいは心臓性喘息)とは、左心不全の臨床症状の一つとして発症する発作性の呼吸困難であり、発作がないときには通常の日常生活ができるという点でその病態が気管支喘息に似ているが、心臓喘息であれば、気管支喘息に対する対症療法ではなく、利尿薬・ジタキリス薬等の投与による心不全の治療が必要となる。

(5) 気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難を惹き起こす心疾患は、かなり重篤なものであり、継続的に診察を行っている主治医が、問診や聴打診及び胸部レントゲン検査を行ったうえで、なお、当該患者の呼吸器症状が左心不全に由来するのか、気管支喘息に由来するのかを鑑別することが容易でないという事態、すなわち、心臓喘息の患者に誤って気管支喘息の対症療法を継続するという事態は、主治医が普通の医学的知識を有する限り殆ど考えられないことである。

(6) 心臓喘息患者、すなわち左心不全患者で気管支喘息との鑑別が必要となるような安静時の発作性呼吸困難が現れている患者の予後は非常に悪く、五年以内におよそ半数あるいはそれ以上が死に至るとされている。

(三) ところで、陳述書、船越ら意見書、乙こ第二五二号証の一二によれば、同患者には、大動脈弁閉鎖不全の既往歴があり、昭和五五年ころからその治療を受けていたのであるが、主治医は、心電図及び心エコー等で大動脈弁閉鎖不全を認めながら、心不全の徴候はなく、狭心痛等の自覚症状もなかったとして、同患者の呼吸器症状が気管支喘息に由来するものと診断していることが認められ、さらには、同患者は、高齢でありながら喘息様の呼吸器症状が発症した時期(昭和五八年ないし五九年)から平成六年まで生存しているのであるから、同患者の発作性呼吸困難が心疾患に由来すると考えるのは妥当ではないといわなければならない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同患者は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、遅くとも昭和五九年(六八歳)ころには気管支喘息を発症しているから、同患者に関しては、その発症時期(遅くとも昭和五九年一二月)から死亡時である平成六年五月までの間の症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

なお、尼崎市認定審査会の同患者の死亡に対する気管支喘息の起因率の認定は〇パーセントであって、本件沿道汚染と同患者の死亡との間の因果関係は肯定することができない。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

4 その他

(一) 喫煙の有無

陳述書によれば、同患者は昭和五〇年(五九歳)ころまで一日一〇本前後の喫煙歴があることが認められるが、右損害認定期間中の喫煙の事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 気管支喘息の重症度区分

同原告の認定疾病は慢性気管支炎と気管支喘息であって、右損害認定期間中も両者の症状が存在したものと認められるところ、主治医診断報告書によれば、同原告の主治医は、同原告の気管支喘息の主要症状の程度は、昭和五七年ころが五段階の最も軽いものであり、昭和六〇年ころが五段階の四番目に重いものであり、昭和六三年ころ以降が五段階の三番目に重いものであると観察しており、その間の慢性気管支炎の主要症状(息切れ・咳及び痰)が終始五段階の三番目に重いものであると観察していることが認められる。

したがって、同原告の昭和五九年九月から昭和六〇年八月までの間及び昭和六〇年一一月以降の認定等級(二級)は、主に慢性気管支炎の症状の重症度に着目して認定されたものというべきであって、気管支喘息の症状の重症度は、二級よりも軽度の三級に相当するものといわなければならない。

二五 原告番号二五三

1 罹患を疑うべき事情

被告らは、同原告の呼吸器症状が気管支拡張症によるものであると主張するので、この点について検討する。

同原告の主治医診断報告書によれば、同原告の主治医が気管支拡張症に由来する呼吸器症状が存在することを観察していないことが明らかであるから、前記(原告番号二五の項)のとおり、同原告に気管支拡張症に由来する呼吸器症状が存在したとは考え難いところである。

しかも、検査結果報告書によれば、昭和四八年の同原告の末梢血好酸球値は一九パーセントと多量である事実が認められるが、この事実は同原告の気道に好酸球性炎症が存在すること、すなわち、同原告の呼吸器症状が気管支拡張症以外の呼吸器疾患に由来していることを示唆するものであって、同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑問視すべきであるとは到底いえない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、昭和五五年(五一歳)ころに気管支喘息を発症しているから、同原告に関しては、その発症時期(遅くとも昭和五五年一二月)から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

4 その他(気管支喘息の重症度区分)

同原告の認定疾病は慢性気管支炎と気管支喘息であって、気管支喘息が発症する昭和五五年以前の段階で、既に、慢性気管支炎の症状に関する認定等級が二級とされていたものであるところ、主治医診断報告書によれば、主治医は、同原告の気管支喘息の主要症状(喘息発作)の程度は、昭和五五年ころが五段階の四番目に重いものであり、平成元年ころ及び平成四年ころが五段階の三番目に重いものであると観察しており、その間の慢性気管支炎の主要症状(息切れ・咳及び痰)が終始五段階の三番目に重いものであると観察していることが認められる。

したがって、同原告の昭和五七年一月以前の認定等級(二級)は、主に慢性気管支炎の症状の重症度に着目して認定されたものというべきであって、気管支喘息の発症時期(遅くとも昭和五五年一二月)から昭和五七年一月までの間の気管支喘息の症状の重症度は二級よりも軽度の三級に相当するものといわなければならない。

しかし、平成八年一一月以降の認定等級(二級)が主に慢性気管支炎の症状の重症度に着目して認定されたものということはできないから、平成八年一一月以降の気管支喘息の症状の重症度は二級に相当するものということができる。

二六 原告番号二五七

1 罹患を疑うべき事情

被告らは、同原告の呼吸器症状には左心不全の関与も考えられると主張しているので、この点について検討する。

陳述書によれば、同原告は、昭和五一年ないし五二年ころ、心臓に痛みを感じ、主治医からも異常を指摘され、四〇日間入院して心臓の治療を受けたこと及び平成九年にも「弱狭心症」という病名で一八日間入院しカテーテル治療を受けたことが認められる。

しかしながら、同原告の胸部レントゲン写真には肺うっ血像はみられず(これがみられるとする高橋意見書の記載は、船越ら意見書及び証人船越正信の証言に照らして採用できない。)、同原告の心疾患が発作性呼吸困難を発症させる程度の重篤な左心不全であるのかどうかは疑問である。

前記(原告番号二五二の項)のとおり、気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難をもたらす心疾患はかなり重篤なものであり(したがって予後も非常に悪く五年以内に死亡することが多い。)、継続的に診察を行っている主治医が、心疾患に由来する同原告の呼吸器症状を長らく看過するという事態は殆ど考えられないというべきであるから、同原告の呼吸器症状が心疾患に由来しているとすることはできない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、本件沿道汚染に暴露する前の昭和三五年一二月(三五歳)ころに発症しているから、同原告に関しては、暴露開始後一年が経過した昭和四六年三月から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書及び乙こ第二五七号証の四、一三によれば、同原告の特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応、アレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の増悪にはアトピー素因が関与しているものというべきである。

RAST

ダニ2 スコア三(七一歳)

ハウスダスト2 スコア三(七一歳)

皮内反応 陽性

家族歴 両親が気管支喘息

4 その他(気管支喘息の重症度区分)

同原告の認定等級は一級又は二級であってその気管支喘息の症状は非常に重篤なものであるが、心疾患によって心肺機能が低下している者の気管支喘息の症状が重篤なものとなってもやむをえないところであり、実際に呼吸器症状を発現させているとは認められない心疾患の存在を考慮して気管支喘息の症状の重症度が認定等級よりも低いとすることはできない。

二七 原告番号二五八

1 罹患を疑うべき事情

被告らは、同原告の呼吸器症状に心疾患が関与している疑いがあると主張しているところ、高橋意見書には、同原告の呼吸困難には心臓喘息の関与が示唆されるとの趣旨の記載がある。

陳述書によれば、同原告の既往歴として、高血圧症、冠不全、脳血栓があることが認められるが、陳述書、甲A第二五八号証の二、丙E第二五八号証の一、検丙E第二五八号証の一、二によれば、同原告の心疾患は、心電図で左室肥大が確認されているものの自覚症状はなく、心疾患に対する特段の治療が行われたというものではないことが認められる。

前記(原告番号二五二の項)のとおり、気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難をもたらす心疾患はかなり重篤なものであり、継続的に診察を行っている主治医が、心疾患に由来する同原告の呼吸器症状を全く看過するとは考えられず、同原告の呼吸器症状が心疾患に由来している、あるいは、気管支喘息と類似する呼吸器症状を発症させて気管支喘息の症状を増悪させていると考えることはできない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、遅くとも昭和六一年八月には気管支喘息を発症しているから、同原告に関しては、その発症時期から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

甲B第二五八号証の三及び乙こ第二五八号証の四、丙E第二五八号証の三によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の発症にはアトピー素因が関与しているものというべきである。

RIST 三七〇(七二歳)

RAST

カビマルチ スコア三(七二歳)

皮内反応 陽性

4 その他(気管支喘息の重症度区分)

同原告の認定疾病は慢性気管支炎と気管支喘息であり、右損害認定期間中も両者の症状が存在しているところ、主治医診断報告書によれば、同原告の主治医は、昭和六一年ころの同原告の呼吸器症状は、気管支喘息の主要症状(喘息発作)が五段階の四番目に重いものであり、慢性気管支炎の主要症状(息切れ・咳及び痰)が五段階の三番目に重いものであると観察していること、平成元年六月以降は両者の症状が五段階の三番目に重いものであると観察していることが認められる。

したがって、昭和六一年八月から平成元年五月までの認定等級(二級)は、主に慢性気管支炎の症状の重症度に着目して認定されたものというべきであり、平成元年六月以降は慢性気管支炎と気管支喘息の両者の症状を総合して認定されているものというべきであるから、気管支喘息の重症度は、発症時期(昭和六一年八月)から平成元年五月までが三級に相当し、平成元年六月以降が二級に相当するものというべきである。

二八 原告番号二六七

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、本件沿道汚染に暴露する前の昭和四一年(三一歳)ころに発症しているから、同原告に関しては、暴露開始後一年が経過した昭和六二年八月から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

二九 原告番号二七四

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、出生後四、五か月で喘息性気管支炎を発症しており、本件沿道汚染に継続して六か月間暴露してから発症したわけではないから、その発症と本件沿道汚染との間の因果関係を肯定することはできず、同原告に関しては、暴露開始後六か月が経過した昭和四九年三月から暴露離脱後一年が経過する昭和五六年五月までの間の症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

甲B第二七四号証の三及び乙こ第二七四号証の一〇によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の増悪にアトピー素因が関与しているとはいえない。

RIST 49.2(一九歳)

RAST

ハウスダスト1

スコア〇(一九歳・二〇歳)

すぎ スコア〇(一九歳・二〇歳)

卵白 スコア〇(一九歳)

卵黄 スコア〇(二〇歳)

そば スコア〇(一九歳・二〇歳)

皮内反応 陰性(八歳)

三〇原告番号二七五〜四一原告番号三五六〈省略〉

四二 原告番号三六三

1 罹患を疑うべき事情

(一) 被告らは、同患者の呼吸器症状が気管支喘息に由来するものではなく、職業性のじん肺症(石綿肺)を主体とし、これに虚血性心疾患及び肝疾患に由来する貧血等が複合して発現した症状であると主張するので、この点について検討する。

(二) 陳述書、検査結果報告書、主治医診断報告書、船越ら意見書、高橋意見書、甲A第九三五号証、第九三六号証及び乙こ第三六三号証の一、二によれば、以下の事実が認められる。

(1) じん肺とは、粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化をいうものとされており(じん肺法二条)、その肺病変は不可逆性である。

じん肺がある場合の心肺機能は、軽症の場合には健康人と大差がないが、程度が重くなると、肺の気腫化によって閉塞性障害が、肺間質の繊維化によって拘束性障害が起こる。

じん肺の最も典型的な症状は動作時の呼吸困難、特に階段昇降時の息切れであるが、有機じん肺(綿糸肺、コルク肺、線香肺等)では気管支喘息様の発作性呼吸困難を起こす者がある。

(2) 石綿肺は、石綿粉じんの吸入によって生じるじん肺であり、石綿肺の場合の心肺機能障害は、珪肺などの他のじん肺よりも早く進行するとされている。

石綿肺においては、胸部レントゲンで、両肺野に不整形陰影、胸膜の石灰化といった特徴的な所見がみられる。

(3) 同患者は、昭和一二年(三一歳)ころから昭和四二年(六一歳)ころまで、尼崎市内の日本油脂株式会社に勤務し、鈑金工として稼働していたが、以後、無職であった。

(4) 同患者の医学的検査の結果及び主治医によって観察された息切れ症状及び喘息症状の程度は次のとおりである。

%肺活量

秒率

胸部レントゲン所見

息切れ

喘息発作

S51・8

一〇一%

七九%

肺紋理増強

E

D

S57・5

四一%

〇〇%

全般的にびまん影

心左室肥大

D

D

S63・5

六七%

九七%

右肺門から下方にかけて陳旧陰影

D

D

H2・5

九〇%

九二%

D

D

(5) 右のような胸部レントゲン所見にもかかわらず、同患者の主治医は、同患者の呼吸器症状がじん肺に由来するとは観察しておらず、尼崎市認定審査会も同様であった(なお、主治医は「冠動脈硬化症」という心疾患の存在は認識していたものである。)。

なお、同患者の胸部レントゲン所見においては、胸膜の石灰化像はみられるが、石綿肺が非常に進行した状態を示す全肺野に密な不整形陰影はみられないし、左心不全が進行していることを示す肺うっ血像もみられない。

(6) 同患者は、昭和四〇年一〇月(五九歳)ころ、発作性の呼吸困難の症状に襲われるようになったが、その発作性の呼吸困難は、夜間の安静時でもしばしばみられ、死亡時(平成三年七月)までの間、特に症状が大幅に改善されたり進行するということもないまま、長年にわたり継続していたものである。

(三) 右認定のとおりであって、胸部レントゲン所見による限り、同患者には比較的軽度の石綿肺が存在するものというべきである。

そもそも、石綿肺によって気管支喘息との鑑別が困難となるような呼吸器症状、すなわち安静時における発作性呼吸困難という呼吸器症状が現れるのかどうか、どの程度の頻度で現れるのかという点は証拠上定かではないが、昭和五一年及び平成二年の肺機能検査の結果によれば、同患者の拘束性障害及び閉塞性障害の程度は比較的軽度であり、このような検査結果は、息切れ症状や喘息発作の症状が比較的軽度なものと観察されていることと一致しているのであるから、少なくとも、石綿肺に由来する呼吸器症状が同患者の主な呼吸器症状であったということはできないところである。

(四) なお、前記(原告番号二五二の項)のとおり、気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難をもたらす心疾患はかなり重篤なものであり、主治医が心疾患に由来する呼吸器症状が存在するのに長年にわたりこれをを全く看過してしまうという事態も殆ど考えられないから、同患者の呼吸器症状が心疾患に由来している、あるいは、気管支喘息と類似する呼吸器症状を発症させて気管支喘息の症状を増悪させていると考えることはできない。

さらに、同患者の肝疾患が気管支喘息と紛らわしい呼吸器症状を発現させていたことを窺わせる証拠は特に見当たらない。

(五) 右のとおりであるから、同患者の呼吸器症状が気管支喘息以外の疾患によってもたらされていることを疑うに足りる事情はない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同患者は、本件沿道汚染に暴露する前の昭和四〇年一〇月(五九歳)ころに発症しているから、同患者に関しては、暴露開始後一年が経過した昭和四六年三月から死亡する平成三年七月までの間の症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

なお、乙こ第三六三号証の一二ないし一五によれば、同患者の死因は肝癌であって、その死亡と気管支喘息との間の因果関係を肯定することはできない。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

4 その他(喫煙)

陳述書及び主治医診断報告書によれば、同患者には喫煙歴があるが、発症時期以降の継続的な喫煙の事実を認めるに足りる証拠はない。

四三 原告番号三六八

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、昭和四八年(二三歳)ころに気管支喘息を発症しているから、同原告に関しては、その発症時期(遅くとも昭和四八年一二月)から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書及び乙こ第三六八号証の三、五、一三、一四によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応及びアレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の発症にはアトピー素因が関与しているものというべきである。

RIST 二三〇〇(四七歳)

一九〇〇(四五歳)

RAST

ダニ1 スコア六(四七歳)

ダニ2 スコア六(四七歳)

ハウスダスト1 スコア六(四五歳)

皮内反応 陽性

家族歴 息子が気管支喘息

四四 原告番号三六九

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、昭和四九年二月(三歳)ころに気管支喘息を発症しているから、同原告に関しては、その発症時期から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの間の症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書及び乙こ第三六九号証の三、五、一二、一三によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、皮内反応、アレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の発症にはアトピー素因が関与しているものというべきである。

RIST 二二〇(二四歳)

RAST

ハウスダスト1 スコア四(二五歳)

スコア四(二四歳)

皮内反応 陽性

家族歴 母が気管支喘息

四五 原告番号三九八

1 罹患を疑うべき事情

(一) 被告らは、同原告の呼吸器症状は、何らかの心疾患がその原因であることが疑われると主張するので、この点について検討する。

(二) 陳述書、検査結果報告書、主治医診断報告書及び甲B第三九八号証の二によれば、次の事実が認められる。

(1) 同原告には、高血圧症、糖尿病及び肝機能障害の既往症があるが、これらについて診断されたのは発症時期(昭和四三年一月)よりもずっと後の昭和六二年ころである。

(2) 昭和六三年二月及び平成六年二月の胸部レントゲン検査においては、特段の異常所見はみられない。

主治医は、心電図検査によって「T波平坦」「左室肥大」の所見を得ているが、同原告の呼吸器症状に影響を及ぼすような心疾患の存在を認めておらず、同原告は、これまで医師から心疾患の指摘を受けたことがない。

(3) 同原告は、昭和五〇年代には、発作性の重篤な呼吸困難を起こして病院に運ばれ入院治療を受けたことがあり、その際、入院先の医師(主治医ではない)から気管支喘息といわれたことがあった。

(4) 同原告の発作性の呼吸困難は、いつ起こるか分からず、起これば二日ないし三日は継続するものである。

(三) 右事実が認められるところ、前記(原告番号二五二の項)のとおり、気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難をもたらす心疾患はかなり重篤なものであって、同原告には胸部レントゲン検査上は異常所見がみられないこと、発作性呼吸困難で入院までしながら、現在まで、医師から心疾患の指摘を受けていないこと、心疾患に由来する呼吸器症状が存在するのに主治医が長年にわたりこれをを全く看過してしまうという事態も殆ど考えられないことからすれば、同原告の呼吸器症状が心疾患に由来している、あるいは、気管支喘息と類似する呼吸器症状を発症させて気管支喘息の症状を増悪させていると考えることはできない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、本件沿道汚染に暴露する前の昭和四三年一月(四一歳)に発症しているから、同原告に関しては、遅くとも暴露開始後一年が経過した平成八年一月から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

4 その他(喫煙)

陳述書及び同原告本人尋問の結果によれば、同原告は昭和三〇年頃から昭和五二年頃まで約二二年にわたって喫煙していた事実が認められるが、右損害認定期間中の喫煙の事実を認めるに足りる証拠はない。

四六 原告番号四一四

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、昭和四六年六月(三歳)ころに気管支喘息を発症しているから、同原告に関しては、その発症時期から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

陳述書及び乙こ第四一四号証の一、三、一一によれば、同原告の血清総IgE値(RIST)、特異的IgE抗体価(RAST)、アレルギーに関係する疾患の家族歴は次のとおりであり、同原告の気管支喘息の発症にアトピー素因が関与しているということはできない。

RIST  二四(三八歳)

RAST

ハウスダスト1 クラス〇(二八歳)

ダニ1 クラス〇(二八歳)ドウブツーマルチ

クラス〇(二八歳)

ギュウニュウ クラス〇(二八歳)

カモガヤ クラス〇(二八歳)

皮内反応  陽性(一〇歳)

陰性(五歳)

家族歴  母(原告番号四一五)が気管支喘息

四七原告番号四一五〜五〇原告番号四四六〈省略〉

五一 原告番号四六三

1 罹患を疑うべき事情

(一) 被告らは、心疾患が同患者の呼吸器疾患に影響を及ぼしていると主張するので、この点について検討する。

(二) 陳述書、検査結果報告書、主治医診断報告書及び甲B第四六三号証の二、乙こ第四六三の一四ないし一九によれば、同患者の既往症、各種検査の結果、死亡に至る経緯に関して次の事実が認められる。

(1) 同患者は、閉塞性動脈硬化症が原因で昭和六二年に右下肢切断の手術を受け、以後、電動車椅子(三輪車)で移動するようになり、平成元年二月以降、県立尼崎病院に通院して糖尿病、高血圧症、心筋梗塞の治療を受けていた。

(2) 平成元年八月、平成四年七月の胸部レントゲン検査においては、肺うっ血や心拡大などの特段の異常所見はみられなかったが、主治医は、心電図検査によって「左室肥大」「前壁心筋梗塞」の所見を得ている。

(3) 主治医(野村医院の野村医師)は、昭和五八年二月以降、頻繁に同患者を診察しており、同患者から発作性の呼吸困難について非常に強い症状の訴えがあったが、胸痛の訴えがなかった。

(4) 同患者は、気管支喘息と診断され、昼間には野村医院に、休診時や時間外には県立尼崎病院に通院しており、両方の病院で気管支喘息の治療を受けていたが、その呼吸困難の症状は初認定のころから非常に重篤であり(当初から認定等級が二級)、平成七年一二月七日には、心不全症状と気管支喘息症状とが合併するに至り、県立尼崎病院においては強心利尿剤(ニトロール・ラシックス)の使用を開始し、同患者に入院を進めたが、同患者は入院を拒んでいた。

(5) 同患者は、平成八年三月一日午前六時三〇分ころ、呼吸困難・唇チアノーゼという状態で県立尼崎病院に搬入され、強心利尿剤(ニトロール・ラシックス)の静脈注射、吸入、ソルコーテフ点滴を受け、容態が安定したため午前一〇時ころ帰宅するということがあり、死亡直前の平成八年三月一一日に野村医院に通院した際には非常に強い呼吸困難(喘息症状)が発現していた。

主治医は、そのころの同患者の症状が「それだけで急死してもおかしくない程悪かった」と観察している。

(6) 同患者は、平成八年三月一三日午後二時三〇分ころ、県立尼崎病院に通院するために家を出たが、午後三時三分ころ、通院の途中の路上において電動車椅子に座ったまま心肺停止の状態となっているのを発見され、駆け付けた救急車で関西労災病院に搬入され、心肺蘇生術を受け、一旦は心肺が蘇生したが(蘇生後に右肺野で強い喘鳴があった。)、翌三月一四日死亡した。

(7) 関西労災病院の医師は、同患者の既往症として、気管支喘息と右(1)のほかに「うっ血性心不全」を挙げている。

(8) 尼崎市認定審査会は、心疾患と気管支喘息とが同程度の割合で同患者の直接的な死因となっているとして、気管支喘息の死亡起因率を五〇パーセントと認定した。

(三) 前記(原告番号二五二の項)のとおり、気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難をもたらす心疾患はかなり重篤なものであって、平成四年七月の同患者の胸部レントゲン検査で異常所見がみられないこと、心不全による呼吸器症状が把握され、気管支喘息の対症療法以外に心疾患への対応が行われたのが平成七年一二月であることからすれば、心疾患に由来する同患者の呼吸器症状が発現したのは平成七年一二月ころであるというべきである。

(四) したがって、平成七年一二月ころ以前の同患者の呼吸器症状は、気管支喘息によるものであって、かつ、その重症度は認定等級二級の程度であったと認められる。

平成七年一二月ころ以降の同患者の気管支喘息の症状は、心疾患に由来する呼吸器症状が合併したことによって顕著に増悪し、入院措置によって常に呼吸器症状を監視下に置くべき状態(認定等級一級の程度)に達していると考えられるが、気管支喘息自体の症状としては認定等級(二級)のとおりと認めるのが相当である。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同患者は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、昭和四八年(四九歳)ころに気管支喘息を発症しているから、同患者に関しては、その発症時期(遅くとも昭和四八年一二月)から死亡した平成八年三月までの間の症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

また、右1に認定の経過からすれば、気管支喘息が存在しなければ同患者が路上で心肺停止するということもなかったものというべきであるから、同患者の気管支喘息と死亡との間には因果関係が肯定されるが、死亡という結果についての慰藉料の額の算定に際しては、重篤な呼吸器症状をもたらした心疾患の影響も斟酌されるものというべきである。

3 アトピー素因

丙E第四六三号証の三によれば、同原告の特異的IgE抗体価(RAST)は次のとおりであり、同患者の気管支喘息の発症にはアトピー素因が関与しているものというべきである。

RAST

ハウスダスト1 スコア三(七一歳)

4 その他(喫煙)

陳述書及び主治医診断報告書によれば、同患者は、昭和二五年ころ以降一日一〇本程度の喫煙をしており、昭和五八年の時点でも一日五本程度の喫煙をしていたが、平成元年ころには喫煙を止めていることが認められる。

したがって、右損害認定期間の概ね半分の期間にわたる同患者の喫煙の事実は、過失相殺事由として損害額の算定の際に考慮すべきであり、減額割合は、死亡に関する慰藉料額を除く部分について二割とするのが相当である。

五二 原告番号四七六

1 罹患を疑うべき事情

(一) 同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらないが、被告らは、高血圧性心疾患が同原告の呼吸器症状に影響を及ぼしていると主張するのでこの点について検討する。

(二) 陳述書、検査結果報告書、主治医診断報告書及び甲B第四七六号証の二によれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和五七年一一月、昭和六三年九月の胸部レントゲン検査においては特段の異常所見がみられず、平成六年八月の胸部レントゲン検査においては「肺紋理増強」という所見がみられるが、肺うっ血や心拡大といった異常所見はみられない。

(2) 同原告の主治医(同原告は野村医院に通院していたが、平成三年に郷里の鹿児島市に帰り、以後鹿児島市にて通院している。)は、平成六年八月の時期には、同原告には「認定疾病に関係のない疾患」として「本態性高血圧症」「冠動脈硬化症」があることを把握しており、かつ、同患者には呼吸困難以外にも「胸内苦悶」があるとし、心電図所見として「ST―Tの変化」を指摘しているが、心疾患に由来する呼吸器症状が存在することを前提とした対症療法(投薬)などは行っていない。

(3) 同原告の呼吸器症状は初認定時からかなり重篤であり(当初から認定等級が二級―慢性気管支炎を併発)、夜間の安静時でも頻繁に発作性の呼吸困難に陥ることがあった。

主治医が観察している気管支喘息の主要症状(喘息発作)及び慢性気管支炎の主要症状(息切れ・咳及び痰)の症状の程度は次のとおりであり、昭和六三年九月には、常時乾性ラ音が聴取され、気管支喘息の発作が非常に頻繁であると観察されている。

喘息発作

息切れ及び咳・痰

昭和五七年一一月

五段階の三番目に重い

五段階の三番目に重い

昭和六三年九月

五段階の三番目に重い

五段階の三番目に重い

平成六年八月

五段階の二番目に重い

五段階の三番目に重い

(三) 右事実が認められるところ、前記(原告番号二五二の項)のとおり、気管支喘息の症状と紛らわしい安静時の発作性呼吸困難をもたらす心疾患はかなり重篤なものであるが、同原告には重大な心疾患を窺わせる胸部レントゲン所見がみられないこと、主治医が本態性高血圧症や冠動脈硬化症の存在を認識し、かつ、心電図における一定の所見を得ながら、なお、心疾患に由来する呼吸器症状が存在するのを全く看過してしまうという事態も殆ど考えられないことからすれば、同原告の呼吸器症状が心疾患に由来している、あるいは、気管支喘息と類似する呼吸器症状を発症させて気管支喘息の症状を増悪させていると考えることはできない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、引き続き一年以上本件沿道汚染に暴露したうえ、昭和四七年一月(四四歳)に気管支喘息を発症しているから、同原告に関しては、その発症時期から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの間の症状について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

4 その他

(一) 喫煙

陳述書によれば、同原告は、昭和二五年ころから昭和五七年ころまで一日一〇本程度喫煙していた事実が認められる。

したがって、右損害認定期間のかなりの期間にわたる同原告の喫煙の事実は、過失相殺事由として損害額の算定の際に考慮すべきであり、減額割合は二割とするのが相当である。

(二) 気管支喘息の重症度区分

同原告の認定疾病は慢性気管支炎と気管支喘息であるところ、右1における認定事実に照らせば、右損害認定期間中の認定等級(二級又は三級)が主に慢性気管支炎の症状の重症度に着目して認定されたものということはできない。

五三 原告番号五〇六

1 罹患を疑うべき事情

同原告が気管支喘息に罹患している事実を疑うべき事情は見当たらない。

2 本件沿道汚染と健康被害との間の因果関係

同原告は、本件沿道汚染に暴露する前の昭和六〇年(六九歳)に発症しているから、同原告に関しては、暴露開始後一年が経過した平成一一年五月から現在(口頭弁論終結時である平成一一年六月)までの症状の増悪について、本件沿道汚染との間の因果関係が肯定される。

3 アトピー素因

該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

第八章 争点四(被告らの責任原因)に対する判断

第一 道路の瑕疵(いわゆる供用関連瑕疵)について

一 国賠法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が他人に危害を及ぼす危険のある状態をいうのであるが、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において利用者以外の第三者の利益を侵害する危険がある状態をも含むものと解されるから、営造物の利用の態様及び程度が一定の限度を超えることによって第三者の利益を侵害する危険がある場合には、そのような利用に供される限りにおいて、当該営造物の設置又は管理には瑕疵があることになる。

そして、営造物の設置・管理者において、右の危険につき特段の措置あるいは適切な制限を加えないまま当該営造物を利用に供し、その結果、現実に第三者の利益を侵害したときは、その利益侵害が設置・管理者の予測しえない事由によるものでない限り、国賠法二条一項の規定による責任を免れることができない。

もっとも、公共性ないし公益上の必要性に基づいて一定の限度を超える営造物の供用が行われ、その結果、これが第三者に対する侵害行為となった場合であっても、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質の内容、侵害行為の持つ公共性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、第三者の被害防止措置の有無及びその内容、効果等の事情をも勘案し、これらを総合的に考慮した結果、当該供用による第三者の利益の侵害が違法な権利侵害であると評価できない場合があり、その場合には、結局のところ、当該営造物の設置又は管理の瑕疵に基づく損害賠償責任が生じないと解される(以上につき、大阪空港に関する最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決民集三五巻一〇号一三六九頁及び国道四三号線に関する最高裁判所平成七年七月七日第二小法廷判決民集四九巻七号一八七〇頁参照)。

二 既に説示のとおり、昭和四五年三月以降の国道四三号線の供用行為は、非常に多くの大型車を含む巨大な自動車交通を当該道路上に出現させ、道路周辺に膨大な自動車排出ガスを集積させて健康被害を生じる程の局所的な大気汚染(本件沿道汚染)を形成し、そのような立地下になされた昭和五六年六月以降の大阪西宮線の供用行為は、右の大気汚染を更に悪化させて健康被害に対する原因力を一層増強させ、両道路の道路排煙が不可分一体となって、国道四三号線沿道五〇メートルの範囲に居住又は勤務する第三者(別表C記載の沿道患者)に対し、気管支喘息の症状の発症又は増悪という健康被害を及ぼしたのであるから、それら道路の設置又は管理には瑕疵があるといわなければならない。

三 基礎的事実第一章第三のとおり、国道四三号線は、阪神間を結ぶ唯一の幹線道路であった国道二号線が飽和状態となっていたことから、増大する交通需要に対応し、阪神地区の臨海工業地域の振興を図るという意義が認められて設置されたものであり、大阪西宮線も同様の意義があったものというべきであり、国道四三号線及び大阪西宮線の供用開始後の全交通量及び大型車の交通量(図表三)に照らせば、それら道路が、阪神間の社会経済活動の基盤を形成する重要な社会資本であって、阪神間の商工業の振興に大きく寄与していたことは明らかであり、それら道路が一定の限度を超えて利用に供されたのは、発展を目指す経済社会が不可避的に生み出した交通需要の著しい増大に対応するという公益上の必要性に基づいていたことも明らかである。

したがって、沿道住民に対する侵害行為となったそれら道路の限度を超える供用には公共性があるといわなければならない。

しかしながら、国道四三号線及び大阪西宮線の限度を超える供用は、直接的な人体への侵襲、すなわち、発作性の呼吸困難を主要症状とする看過し難い疾患の症状をもたらしたと認められるのであるから、このような極めて重大な利益侵害が存在していながら、なお、別表C記載の沿道患者の損害が受忍限度の範囲内であり、これに対する損害賠償請求をも許さないとすべき極めて高度の公共性というものをそれら道路の供用行為に見いだすことはできない。

四 したがって、被告国は、昭和五六年五月以前の健康被害について国賠法二条一項に基づき、被告両名は、昭和五六年六月以降の健康被害について国賠法二条一項及び民法七一九条一項に基づき、それぞれ、別表C記載の浴道患者に対し、本件沿道汚染に起因する前記認定の損害を賠償する責任を負う。

第二 道路の瑕疵に関する被告らの主張について

一 被告らは、本件沿道汚染による健康被害についてはおよそ予見が不可能であったとか、健康被害を回避することが不可能であったとし、国道四三号線及び大阪西宮線の設置又は管理に瑕疵があるとはいえないと主張する。

いわゆる供用関連瑕疵は、一定の限度を超える利用によって、本来的に危険でない営造物が危険を発生させた場合に肯定されるのであるから、現実に生じた損害が、当該営造物の供用目的や利用の態様に照らし、その利用が一定の限度を超えた場合にもおよそ発止しないと考えられていた特異な損害であるという場合には、その損害は、いわば不可抗力による損害というべきであり、そのような損害については国賠法二条の責任は生じないということができる。また、現実に生じた損害を回避する手段が全くなかったという場合にも、やはり、不可抗力による損害が発生したことになるから、同様である。

予見可能性や回避可能性は、供用関連瑕疵を基礎付ける積極的な要件とは考えられず、不可抗力による免責を基礎付ける被告らの抗弁と解すべきであるが、本件における前記認定の損害が、右のような意味で不可抗力であったかどうかは検討すべき問題であるということになる。

二 予見可能性不存在の主張について

1 認定事実第一の一のとおり、尼崎市においては、昭和二六年の段階で既に工場排煙による健康被害が市議会で取り上げられており、昭和三〇年代には、硫黄酸化物による大気汚染が大きく表面化し硫黄酸化物の測定体制が整えられているのであり、基礎的事実第二章第三の一のとおり、わが国で最初の環境基準である二酸化硫黄の旧環境基準は、昭和四三年一月の「生活環境審議会環境基準専門委員会」報告に基づき、昭和四四年二月に閣議決定されているのであって、国道四三号線が全面開通した昭和四五年三月の時点までには、化石燃料を燃焼させることによって大気中に放出される物質が大気汚染を形成し、住民に健康被害を及ぼす危険があることは広く認識されていたものである。

また、基礎的事実第二章第三の三のとおり、浮遊粒子状物質の旧環境基準は、政府の諮問機関(生活環境審議会公害部会浮遊ふんじん環境基準専門委員会)の昭和四五年一二月二五日付け報告に基づいて定められたものであり、その報告中で重要視された英国や米国の疫学知見は、右報告のかなり前の時点で入手可能なものであったと考えられるから、硫黄酸化物のみならず、化石燃料の燃焼に伴って大気中に放出される粒子状物質の危険性も昭和四〇年代前半には認識が可能であったものといわなければならない。

2 また、昭和三〇年代及び昭和四〇年代初頭の段階で、自動車交通が環境に及ぼす影響というものがどの程度認識されていたのかについてみると、甲A第一一号証、第四五六号証、第六二六号証、第一二〇八号証、第一二〇九号証によれば、以下の事実が認められる。

(一) 世界中で最も早く自動車の大衆化が進んだ米国においては、早い段階から、大気汚染を抑制するために道路排煙の抑制が必要であることが認識されており、昭和三〇年代には既に、ロサンゼルスにおいて大気汚染の常時監視と三段階の警報システムが採用され、大気汚染が一定レベルに達した場合には、工場の操業のみならず、必要不可欠ではない自動車の走行が禁止されるという厳しい規制が行われていた。

(二) そのようなロサンゼルスの規制は、大気汚染公害が社会問題化し始めた昭和三四年の時点で、わが国の週刊誌(サンデー毎日―甲A第一二〇八号証)にも紹介されていた。

(三) その週刊誌においては、昭和三四年当時のわが国の東京及び大阪の中心部では自動車の排気ガスが大気汚染の大きな比重を占めていると記述されている。

(四) 英国においては、昭和三八年、自動車社会における都市計画の理想として、居住環境区域に地区に無関係な通過交通が混在しないように、居住環境と幹線道路とを分離することが必要であるとの「ブキャナンレポート」が公にされている。

(五) 尼崎市においては、昭和三七年当時既に、国道二号線の一日交通量が六万台を超えるとされ、道路近辺での大気汚染や騒音問題が取り上げられるようになり、自動車排出ガスによる局所的な大気汚染が最もひどいと考えられていた玉江橋交差点など三か所の交差点付近において、二酸化硫黄、一酸化炭素、二酸化窒素及び二酸化炭素などの測定並びに騒音の測定が行われていた。

(六) 昭和三〇年代及び昭和四〇年初頭においては、自動車排出ガスのうち一酸化炭素の有害性が注目され、尼崎市においてもそのころ既に国道二号線の主要交差点で一酸化炭素の測定が行われていた。

(七) 昭和四四年三月発行の尼崎市公害白書には「大気中には、工場から飛散する排出物による汚染のほかに、自動車の排気ガスによる汚染もスモッグの原因として最近重視されており、都市において自動車数の激増により交通渋滞がおこり、排気ガス(一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素等)中の特に一酸化炭素が交通警官や附近住民に影響をあたえています」との記述があり、自動車排出ガスが大気汚染を形成し、自動車排出ガスによる健康被害が危惧される状況が明らかにされている。

(八) 自動車排出ガスに関する規制が開始されたのは国道四三号線の全面開通前のことであって、昭和四一年九月には、ガソリン車の一酸化炭素の排出濃度を三パーセント以下とする運輸省の通達による行政指導が始まっている。

3 さらに、国道四三号線は、全面開通する昭和四五年三月以前の段階で、兵庫県下の一部が供用開始されており、昭和四〇年度ないし昭和四四年度の一日交通量が五万台を超えており、しかも、大型車の通行が非常に大きな割合を占めており、大型車混入率が昭和四〇年度が27.8パーセント、昭和四一年度が31.4パーセント、昭和四二年度が30.2パーセント、昭和四三年度が34.1パーセント、昭和四四年度が37.2パーセントであったことは統計上も明らかとなっていたはずである(図表三①)。

4 右2及び3のとおりであって、自動車が化石燃料を燃焼させて走行し、その際、化石燃料由来の大気汚染物質を大気中に放出するものである以上、遅くとも、国道四三号線が全線開通した昭和四五年三月の段階では、全線開通後さらに国道四三号線上に大量の自動車交通が出現すれば、非常に大量の自動車排出ガスが道路近辺に集積し、国道四三号線沿道に局所的な大気汚染が形成され、これによって住民等に健康被害が生じる危険があることについて、道路管理者におよそ予見可能性がなかったとすることはできず、当然のことながら、大阪西宮線の供用が開始された昭和五六年六月の段階で右の予見可能性がなかったとすることはできない。

したがって、予見可能性の不存在を理由として、国道四三号線及び大阪西宮線の設置又は管理の瑕疵に基づく国賠法二条の損害賠償責任の不存在をいう被告らの主張は理由がない。

三 回避可能性不存在の主張について

1 自動車交通の量を削減しないで自動車排出ガスによる大気汚染を緩和するためには、道路のシェルター化等の道路構造の変更もありえないわけではないが、最も有効かつ適切な方法は、自動車単体から排出される自動車排出ガスを少なくすることであり、実際にも、二酸化窒素の排出規制は、自動車保有台数の著しい伸びにかかわらず、自排局での二酸化窒素測定値の著しい上昇を抑制したものと考えて良いように思われる。

2 本件沿道汚染による健康被害が自動車由来の粒子状物質によってもたらされたのであり、その健康被害の元凶が粒子状物質の中でも微小粒子に属するディーゼル排気微粒子(DEP)であるとの疑いが強いのであって、本件沿道汚染による健康被害を回避するためには、国道四三号線沿道に自動車由来の粒子状物質を集積させない措置を講じる必要があったわけである。

ところが、基礎的事実第三章第六及び第四章第三のとおり、粒子状物質の主要発生源であるディーゼル車の粒子状物質排出規制は、窒素酸化物の排出規制と比較して大幅に遅れており、現在でも、ガソリン・LPG車の窒素酸化物排出規制ほどには排出規制がされていないのである。

しかも、国道四三号線及び大阪西宮線は、窒素酸化物の排出量や粒子状物質の排出量の比較において、一台当たりの沿道の大気環境に対する負荷がガソリン・LPG車と比較して著しく大きい大型車(大抵はディーゼル車)の交通量が非常に多かったという特徴があったのであるから、結局のところ、本件沿道汚染による健康被害を回避するためには、車線削減及び大型車の通行規制などの大幅な交通量削減措置に踏み切るしかなかったと考えられる。

そして、右のような大幅な交通量削減措置がおよそ不可能であったとは認められないから、回避可能性の不存在を理由として、国道四三号線及び大阪西宮線の設置又は管理の瑕疵に基づく国賠法二条の損害賠償責任の不存在をいう被告らの主張は理由がない。

3 被告らは、道路管理者の法令上の権限に照らして、被告ら道路管理者が単独で大気汚染対策として行い得る事柄が道路構造の改善や道路整備等に限られるとし、車線制限及び大型車の通行規制といった大幅な交通量削減措置が不可能であり、本件沿道汚染による健康被害を回避することができなかった旨の主張をしているが、右のような大幅な交通量削減措置が被告ら道路管理者の権限において行うことができないと解すべき法令上の根拠は見い出し難いところである。

仮に、道路交通に関する規制権限が被告ら道路管理者以外の都道府県知事や都道府県公安委員会等の他の行政主体にも帰属しており、ある種の交通量削減措置には道路管理者と他の行政主体との協力関係が必要となる場面があるとしても、行政内部の事物管轄の区分を理由として営造物の設置又は管理の瑕疵の不存在の主張が許されるのかどうかは大きな疑問である(最高裁判所昭和五〇年七月二五日判例時報七九一号二一頁参照)。なぜなら、国道四三号線及び大阪西宮線に関する供用関連瑕疵に基づく賠償責任は、国賠法一条の責任とは異なり、道路管理者の義務違反が存在することによって発生する責任ではなく、道路管理者の法令上の権限が適正に行使されたかされなかったかを論じる意味はないのであって、ただ、行政全体として、当該営造物が現実にもたらした損害の発生を未然に防止するのが不可能であったという意味で回避可能性が存在しなかった場合には、いわば不可抗力による免責が認められるが、このような免責事由の存否を検討する際には、道路管理者が単独で有する法令上の権限だけに焦点を絞って回避可能性の有無を論じるわけにはいかないからである。

4 なお、被告らは、国道四三号線及び大阪西宮線の交通量を大幅に削減した場合には、交通需要そのものが削減できるわけではない以上、近隣の広い範囲で交通渋滞や局所的な大気汚染が惹き起こされるだけであるから、国道四三号線及び大阪西宮線の大幅な交通量削減措置をとることは到底適切な措置とはならず、したがって、本件沿道汚染による健康被害を回避するための適切な手段が存在しなかったとの趣旨の主張をしている。

阪神間の社会経済の発展を阻害しないよう交通需要の増大に対応するのが公の使命であるとした場合、国道四三号線や大阪西宮線のような市街地を貫通する巨大な道路を敷設するのではなく、通過交通及び大型車用の第二道路を臨海工業地域の工業専用地域内に敷設することによって、市街地を貫通する道路の負荷を小さくすることが、およそありえない不可能な選択肢であったとの前提が存在すれば、被告らの右主張は、交通需要の増大に対応するという公共の利益及び近隣の広い範囲での交通渋滞や近隣の局所的大気汚染を避けるという公共の利益の両方を実現するためには、国道四三号線及び大阪西宮線の上に巨大な交通量を出現させるのもやむをえない選択肢であったという主張になろうかと思われる。

本件において、臨海工業地域の工業専用地域内へ第二道路の敷設が不可能であったとの前提事実の存否は不明であるから、本件沿道汚染による健康被害を回避する適切な手段がなかったとの被告らの右主張は採用できないが、仮に、適切な手段が存在しないとの前提に立ったとしても、おそらく、被告らの右主張は、結局のところ、公共の利益を実現するためのやむをえない選択の結果本件沿道汚染による健康被害が生じたのであり、本件の損害が公益上の必要性との比較考量で受忍限度の範囲内であるという違法性に関する主張になろうと思われる。

そうだとすれば、既に述べたように、本件の損害が受忍限度内であるということはできないから、被告らの右主張を容れて被告らの国賠法二条に基づく損害賠償責任が存在しないとすることはできない。

第九章 争点五(損害賠償の額)に対する判断

第一 主位的な損害賠償請求(財産的損害を含む請求)について

一 原告らは、通常の人身損害賠償請求訴訟において採用されている個別積算方式が、本件のような大気汚染公害訴訟における健康被害を金銭に見積もる手法として適切でないとしたうえで、大気汚染公害によってもたらされた健康被害を金銭に見積もる場合には、健康被害を総体として包括的に評価すべきであるとし、本件患者個々人について、健康被害によって余儀なくされた出費(いわゆる積極損害)、健康被害によって得ることができなくなった利益(いわゆる消極損害)の額及び非財産的損害の額といった、現在の裁判実務で損害総額を認識するために通常主張される事実(金額)を主張せず、本件患者一人当たりについて、三〇〇〇万円、二〇〇〇万円又は一五〇〇万円(いずれも弁護士費用を除く金額)という支払請求上限額だけを提示して、財産的損害を含む一切の損害の賠償金の支払を求めるものである。

原告らの主張によれば、右請求金額が、大気汚染によって被った本件患者個々人の損害の総額(ただし現物給付の医療費を除く)から、これまでに填補されていない金額のさらに一部であるというのであって、包括的に評価した場合の「損害の総額」というものが右請求金額のとおりであるというのではないから、結局のところ、原告らは、本件患者が被った損害の費目や金額についてはおよそ一切の主張をしていないことになる。

二 裁判所は、審判の対象となっている実体法上の権利の存否・範囲を認識するために、当該権利の発生・変更・消滅をもたらすとして実体法が規定する法律要件に該当する具体的な事実(主要事実)の存否を認識する必要があるが、これを自ら探索的に認識するのではなく、当事者が提出した主張及び証拠に基づいてこれを認識すべきとされているから(弁論主義の原則)、当事者が主要事実の主張をしない場合には、裁判所は、当該主要事実の存在によって認識できる実体法上の権利の存否・範囲を認識することができないことになる。

人身損害に係る損害賠償請求訴訟においては、裁判所は、当事者の主張及び証拠に基づき、権利侵害に関する主要事実(一定の具体的な生命・身体の侵害の存在)を認識する必要があるほか、その侵害が損害賠償債権という金銭債権を発生させたとの点に関し、損害の発生及び数額に関する主要事実を認識する必要があるところ、損害の発生及び数額に関する主要事実とは、財産的損害についてみれば、財産的損害を特定して認識できるだけの具体的な事実であって、通常は、出費の費目と金額及び失った利益の費目と金額がこれに当たるが、財産的損害の有無及びその金額の多寡についての当事者の攻撃防御及び裁判所の判断を可能ならしめる具体的な事実であればこのようなものに限定する必要はない。

三 本件においては、本件患者個々人の健康被害及びその程度という権利侵害に関する主要事実は主張されているが、本件患者個々人の財産的損害を特定して認識できるだけの具体的な事実については当事者による一切の主張がないから、裁判所としては、財産的損害の発生及びその数額に関する主要事実を認識できないことになり、健康被害によって生じたとする金銭債権(財産的損害を含む一切の損害賠償債権)の存否及び範囲を認識することができず、原告らの主位的な損害賠償請求についてはこれを棄却するほかない。

四 原告らは、大気汚染による健康被害は、長年にわたって継続する深刻な身体被害を核としながら、被害者の全生活面に対する被害として現れ、被害者の人生を破壊し、人間の尊厳をも侵す全人格的被害(総体としての被害)として現われるという点に、交通事故による人身損害とは異なる特質があり、そのような総体としての被害を適切に評価して損害賠償額を定める方式が、包括的請求方式(原告らの主位的請求方式)である旨主張する。

しかし、被害者の生活関係全体や人生の破壊を伴うような凄絶な人身被害は、交通事故などの一般の不法行為の場合にも生じ得ることであって、何も大気汚染公害に特殊なものではないと考えられるから、原告らが大気汚染公害の特質であると主張するところから、原告ら主張のような包括請求方式の合理性が根拠づけられるものとは考え難い。

また、そもそも、原告らが主張するような「総体としての被害」を大気汚染による被害(損害)と把握したとしても、その損害賠償の請求の方式は包括請求方式によるべきものであるということにはならない。

大気汚染による健康被害を原告らが主張するような「総体としての被害」として把握するかどうかは、損害内容の把握ないし損害概念の構成に関する問題であって、そこで把握、構成された損害を訴訟において金銭評価して賠償請求する方式としてどのような方式が可能であり、適切であるかの問題が請求方式の問題なのである。

大気汚染によってもたらされた健康被害(身体ないし生命の損害額)を直接的に把握する手段は存在しないのである。そのような損害(健康被害)の完全な回復(金銭賠償)を実現するためには、被害者が被った被害全体を正確に把握し、それにつき適切かつ合理的に損害算定(金銭評価)することが必要であり、そのためには、特に財産的損害の算定を基礎付ける事実(金銭債権の存否、範囲を認識することができる事実)の認識が不可欠であるといえる。そして、そのような損害算定を基礎付ける事実を認識する方法としては、実務で一般に行われている個別積算方式を基本とするのが最も公平かつ合理的な方法であるといえる。

確かに従来の個別積算方式による損害算定の方法が被害者の被った被害の実態をよく反映させるものであるかについては疑問がないではないが、それは人身侵害についての損害の把握(算定)の問題であり、もし損害把握として不十分な点があれば、それについて工夫をした損害項目を構成し、あるいは慰謝料額算定の一要素として構成して右不十分な部分を評価するという方法も可能といえる。

原告らが主張する包括請求方式は、原告らの大気汚染による健康被害による財産的損害の内容、数額に関する具体的事実を一切主張せず、その損害算定を裁判所の裁量に委ねるという請求方式であって、このような請求方式は、本件患者の健康被害の内容・程度(疾病・症状)等に共通するところもあることから損害を類型化できる部分があることを考慮しても、個別積算方式と対比して合理性のあるものといえるか疑問があるし、本件患者それぞれの被害の実態に相応した損害の請求方式として優れているということもいえない。

原告ら主張の包括請求方式は、個別積算方式を採る場合に生じる具体的な損害項目の立証を要しないものであることから、それについての被害者側の立証の困難を救済し、訴訟の遅延を回避できるという効果が期待できる面のあることは確かであろうが、訴訟遅延の回避は審理の方法や民事訴訟法二四八条により認められた損害認定技術の活用等によってある程度実現することは可能であるし、なによりも、損害算定基準を明確にすることこそが、被害者それぞれの被害の実態に相応した損害の合理的な算定のために最も重要なことであろうと考えられる(個別積算方式における個別損害項目の算定においても擬制による類型化がされているものがあるが、右方式の場合にはそのような類型化の合理性について具体的に検討することが容易であり、損害算定基準の明確さという点では、個別積算方式の方が包括請求方式よりも優れているといえる。)。

したがって、原告ら主張の包括請求方式は採用できない。

第二 予備的な損害賠償請求(慰謝料請求)について

一 非財産的損害の発生

争点三に対する判断のとおり、別表C記載の沿道患者は、本件沿道汚染によって気管支喘息を発症したか、気管支喘息の症状を増悪させるという人身損害を被ったものであり、うち二名(原告番号二四四及び原告番号四六三)については気管支喘息の症状が原因となって死亡にまで至っている。

気管支喘息の症状は、気管支の収縮による断続的な発作性呼吸困難あるいは発作が頻発することによる慢性的な呼吸困難というものであるところ、呼吸なしでは僅かの時間も生き長らえることのできない人間が、発作的に呼吸が非常に苦しくなるという事態が言葉で言い表せないほどの深刻な苦しみや恐怖感をもたらすことは明らかであり、別表C記載の沿道患者は、本件沿道汚染によって、多大の肉体的苦痛及び精神的苦痛を受けたことが明らかである。

したがって、右沿道患者は、被告らに対し、それら非財産的損害を賠償するために相当と認められる賠償金(慰藉料)の支払を求めることができる。

なお、本件沿道汚染による人身損害の一部である非財産的損害の賠償を求める予備的な損害賠償請求は、金銭債権のうち民事訴訟において実際に権利行使をしている範囲が特定されているから、適法な一部請求というべきである。

二 非財産的損害の金銭的評価(慰藉料の額の算定)

1 別表Cに記載の沿道患者が被った気管支喘息症状による肉体的・精神的苦痛は、おそらく、発作の頻度、呼吸困難の程度、年齢、患者の家庭環境など多様な条件によってもかなり異なるものであって、これを患者ごとに金銭的に評価することは極めて困難である。また、気管支喘息患者は、その症状が比較的軽度な場合には、発作時の苦痛とは対照的に、非発作時には健康な人と余り違いのない生活を送ることができるのであって、気管支喘息の症状には、かなり特種な面があることも、これによる肉体的・精神的苦痛を金銭的に評価することを困難とする事情である。

2 そこで、本件において右沿道患者の非財産的損害の評価は、本件沿道汚染によって気管支喘息の症状が生じ、あるいは増悪したという期間(損害認定期間)の長さ及びその期間中の気管支喘息の重症度に応じて評価するのが相当である。

重症度は、認定等級に応じて図表一二の重症度区分のとおりの程度であるとの前提で非財産的損害の評価を行うことになるが、発症時期と初認定時期との間には時間差が存在する場合には、その間の重症度は初認定時の認定等級のとおりであると認めるのが妥当である。

そのうえで、別表Cに記載の沿道患者に対しては、既に、公健法による多額の補償給付(別表B参照)が支払われているほか、訴外会社からも多額の和解金の支払がされているという事実、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、右沿道患者に係る非財産的損害の評価額は、重症度に応じた次の金額に損害認定期間(一月未満の端数日を一月として計算した月数)を乗じた次の(一)ないし(四)の金額とするのが相当であり、死亡した原告番号二四四についてはこのほかに二二〇〇万円に満つるまでの金額を、死亡した原告番号四六三についてはこのほかに一二五〇万円をそれぞれ加算するのが相当である。

(一) 一級の期間

一か月当たり六万円

(二) 二級の期間

一か月当たり四万円

(三) 三級の期間

一か月当たり二万五〇〇〇円

(四) 級外の期間

一か月当たり一万円

3 既存疾患による減額(増悪の因果関係が肯定される場合)

本件沿道汚染によって既存疾患である気管支喘息の症状が増悪した者については、既に述べたとおり、民法七二二条二項の類推適用により、被告らの負担すべき損害が評価額の二分の一に減額される。

4 アトピー素因による減額

気管支喘息の発症にアトピー素因が認められる者については、既に述べたとおり、民法七二二条二項の類推適用により、被告らの負担すべき損害が評価額の三分の一に減額される。

三 過失相殺

1 喫煙による過失相殺

喫煙が気管支喘息の発症に関与する因子となるのか、あるいは、気管支喘息の症状を誘発する因子となるのかとの点については、どの程度まで医学的に確立された知見があるのか証拠上必ずしも明瞭ではない。

グローバルストラテジーにおいては、受動喫煙と小児の喘鳴や喘息症状のリスクの増大との関連性が指摘されているが、そのような関連性が確認されていないという最近の知見も付記されており、グローバルストラテジーが受動喫煙をどのように位置付けているのか必ずしも明確ではなく、少なくとも、喫煙(能動喫煙)が気管支喘息の危険因子となることを否定しているようである(認定事実第三章第三の三)。

したがって、喫煙との強固な関連性が広く認識されている慢性閉塞性肺疾患とは異なり、喫煙と気管支喘息との関係は必ずしも明確ではないといわざるをえず、証人西間三馨の証言中には、喫煙の事実は、気管支喘息の症状を増悪させるというよりも、むしろ、気管支喘息の症状が軽度である(症状を苦にして敢えて喫煙を避けることがなくなる)ことを窺い知ることの事実であることを示唆する部分もある。

しかしながら、環境庁b調査における喫煙と喘息様症状及び喘鳴症状の有症率との関係をみると、図表三八③のとおり、持続性咳症状、持続性痰症状、持続性咳・痰症状ほどには喫煙者と非喫煙者の有症率の違いが明瞭ではないものの、男子については、喫煙者の喘鳴症状の有症率が非喫煙者の有症率よりも高率であり(喘息様症状では、逆に、非喫煙者の有症率の方が高い。)、女子については、喫煙者の喘息様症状及び喘鳴症状の有症率がいずれも非喫煙者の有症率よりも高率であり、また、東京都昭和五四年度沿道調査(新田ら報告)では、非喫煙者の方が喫煙者よりも幹線道路沿道の局所的な大気汚染の影響を受けやすい傾向が示唆されているし(認定事実第四章第三の二3)、東京都昭和六一・六二年度沿道調査(小野ら報告)でも、喘息様症状を含む呼吸器症状の全項目について喫煙者の有症率が非喫煙者の有症率よりも高率であったとされている(認定事実第四章第三の七3(三))。

そして、本件患者の主治医診断報告書、丙B第七三号証、証人宮本昭正の証言及び弁論の全趣旨によれば、喫煙が気管支喘息の症状(発作性の呼吸困難)を誘発する因子であるとの前提で臨床上は喫煙指導が行われている事実も認められる。

そこで、別表Cに記載の沿道患者の症状が三級以上の比較的重い場合(認定等級が三級以上の場合)には、損害認定期間中の喫煙は、その期間中の気管支喘息の症状をいくらか増悪させた過失相殺事由(損害拡大事由)として斟酌することとし、民法七二二条二項により賠償額の減額を行うべきであり、その場合の減額割合は、喫煙が損害認定期間全部にわたる場合には四割とし、喫煙が損害認定期間の一部に限られる場合には四割未満の喫煙期間に応じた適当な割合とするのが相当である。

これに対し、別表Cに記載の沿道患者の症状が比較的軽度の場合(いわゆる級外の場合)には、喫煙が症状に及ぼす影響が定かではないし、症状に応じた認定損害額も少ないのであって、損害認定期間中の喫煙の事実を特に過失相殺事由として考慮するほどのことはないものと思料される。

2 その他

被告らは、賠償額を定めるについて、肥満による呼吸器症状の悪化やアトピー素因がある者のペットの飼育による呼吸器症状の悪化をも斟酌すべきであると指摘するようであるが、肥満については気管支喘息の症状を悪化させる因子となるのかどうかさえ不明であるから何ら減額事由とすることはできない。

また、動物皮屑に対する感作体質を有する者がペットの飼育を行うことがその者の気管支喘息症状を誘発し、症状を増悪させることは明らかであるが、この点についてはアトピー素因による減額として斟酌しているので、さらに重ねて過失相殺事由とすることは適当ではない。

四 損益相殺

1 別表Cに記載の各沿道患者が、特別措置法、公健法及び市条例により、図表一四の当該沿道患者の欄記載のとおりの給付を受けたことは、先に認定したとおりである(第二編第六章第三、三)。

被告らは、右の給付分は右患者らの損害を填補するものであるから、同患者らの損害賠償債権は右給付の限度で消滅する旨主張するので、これにつき以下検討する。

2 特別措置法による給付

特別措置法は、公害被害について、民事責任と切り離した当面の行政上の緊急措置としての救済措置を定めたものであり、その給付は、財源を汚染原因企業群と国及び地方公共団体が各二分一ずつ負担し、医療費を中心として行われた社会保障的性格の強いものであった(第二編第五章第一)。したがって、同法の給付は、原告ら主張の損害の填補を目的としているものとはいえないから、損益相殺の対象とすることはできないというべきである。

3 公健法による給付

(一) 公健法の制定の経緯、制度の性格、給付の構成、費用の負担者、民事責任との関係等は先に認定したとおりであり(第二編第五章第三、第四)、同法による給付は、個々の汚染原因者に損害賠償責任が生じることを背景としたうえで、健康被害の回復という意味で一定の合理的水準までは損害賠償責任が履行された状態にするためのものであるから、損益相殺の対象となることも先に判断したとおりである(第二編第六章第一、四)。

(二) しかし、公健法による給付について損益相殺をすることが許されるのは、その給付と民法上の損害賠償とが「同一の事由」の関係にある場合、すなわち、右給付の対象となった損害と民法上の損害賠償の対象となった損害が同性質であり、右給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合に限られるものと解される(最高裁判所昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。

そして、公健法による給付のうち、慰藉料に対応する給付は、原告らの予備的請求に係る慰藉料と同一の事由の関係にあるといえる。しかし、財産的損害に対応する給付は、民事賠償上の財産的損害(積極損害・消極損害)と同性質の損害に相当し、その限度で同一の事由の関係にあるといえるが、原告らの予備的請求に係る慰藉料との関係では、同一の事由による給付とはいえず、右財産的損害に対応する給付分を、損益相殺として前記認定の沿道患者の慰藉料から控除することは許されないというべきである(同判決参照)。

(三) 沿道患者原告ら請求の慰藉料と公健法による各給付との同一事由性

(1) 療養の給付、療養費、療養手当、葬祭料

これらは、実費補償的性格をもつものであり、慰藉料的要素が含まれていないことは明らかである。したがって、これらを損益相殺の対象とすることはできない。

(2) 障害補償費

障害補償費は、賃金センサスによる男女別・年齢階層別の給与額の八〇パーセントを基準とし、認定等級に応じ一〇〇パーセントから三〇パーセントの割合で支給するものとされており(図表一二①)、逸失利益の補償に相当するものであり、その支給水準からみて慰藉料的要素は認められない。したがって、これを損益相殺の対象とすることはできない。

ただ、障害補償費は、一五歳以上の者に年齢の上限を設けることなく支給することとされ、六五歳以上は年齢階層を区別せず、同一の標準給付額が定められており(図表一三①)、一般的な就業年齢(六七歳)を超える高齢者については、通常は次第に収入が減少していくことを考えると、その差に相当する部分については、生活補助ないし慰藉料的要素が加味された給付とも考えられるので、本件での慰藉料算定の考慮要素となる。

(3) 遺族補償、遺族補償一時金

これらは、死亡患者の遺族に対する補償で、逸失利益の補償の性格をもつものであり、基本的には慰藉料を含むものとはなっていないから、損益相殺の対象とすることはできないが、六七歳以上の者については、障害補償費と同様の側面がある。

(4) 児童補償手当

これは、就労可能年齢に達していないとみられる一五歳未満の認定患者について、指定疾病による障害の程度が重い場合に限って、右児童を現実に養育している者に対して支給されるものであって、その給付の主たる趣旨は、児童が指定疾病に罹患したことによる実際の監護者の養育介護の負担などの財産的・精神的損害に対する補償と解され、児童自身に対する慰藉料的要素が含まれているとしても、それが主要なものとはみられないから、これを損益相殺の対象とすることはできない。

4 市条例による給付

市条例の制定の経緯、制度の性格、給付の構成、費用の負担者等は先に認定したとおりであって(第二編第五章第二)、市条例は、特別措置法による救済制度の補完事業として尼崎市が独自の救済制度を設けるために制定したものであり、その給付は、社会保障的色彩の強い生活保障と考えられるものであって、本件の損害の填補を目的としているものとはいえないから、損益相殺の対象とはならない。

五 支払うべき慰藉料の額

右二ないし四で述べたところに従い別表Cに記載の沿道患者に対して支払われるべき慰藉料の額の算出経過及び算出額(一〇〇〇円未満切り捨て)は別表Cに記載のとおりである。

六 弁護士費用の額

別表Cに記載の沿道患者(本件の訴え提起時既に死亡していた者はない。)が本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士に有償で委任したことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、本件道路の瑕疵と因果関係に立つ弁護士費用の額は、別表Cの各原告に係る「弁護士費用」欄に記載の額(慰藉料の額の一割程度。ただし、慰藉料の額が一〇万円に充たない者については一律に一万円)と認めるのが相当である。

七 訴外会社の和解金の弁済

原告らは、本件訴訟において被告らと共同被告であった訴外会社との間で、平成一一年二月一七日、訴外会社が原告らに二四億二〇〇〇万円を支払うこと等を内容とする訴訟上の和解をし(顕著な事実)、同月二八日、訴外会社から右和解金の支払を受けたことが認められる(弁論の全趣旨)。

被告らは、被告らの損害賠償責任額については右和解金額が減額されるべきである旨主張する。

しかし、本件道路排煙(被告ら)と訴外工場排煙(訴外会社)との間に共同不法行為関係が成立しないことは前述のとおりであり(第六編第五章)、したがって、訴外会社と被告らが不真正連帯債務を負担することはないから、訴外会社による右和解金の支払によってその金額分の被告らの沿道患者に対する慰藉料支払債務が消滅する効果が生じることはないし、右和解は、原告らの訴外会社に対する損害賠償請求に関するものであって、本件道路の責任に関するものではなく、被告らの損害賠償偵務に対する填補を目的とするものでないことは明らかであるから、右和解金につき損益相殺することも許されない。

したがって、被告らの右主張は採用できない。

八 損害賠償債権の承継〈省略〉

九 遅延損害金起算日

原告らは、被告らに対し、損害賠償債権元本に対する訴状送達の日の翌日(原告番号五〇六につき平成八年四月一六日、その余の原告らにつき平成元年一〇月三一日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているところ、訴状送達の日までに損害の発生が止んだ者の損害賠償債権が訴状送達の日までに遅滞に陥っていることは明らかであるが、そうでない者については訴状送達の日までに発生した損害とその後に生じた損害とを区別してそれぞれについて債権が遅滞に陥った時期を検討する必要が生じることになる。

しかしながら、本件沿道汚染に起因する肉体的・精神的苦痛というものは、継続的な身体への侵襲によって累積されるものであって、本来、金銭的評価が非常に困難であって、たとえ、その金銭的評価の一つの方法として損害認定期間(月数)に基準額を乗じて損害額の算出が行われたとしても、その認定損害額のある一部がどの時期の肉体的・精神的苦痛に対応するものであるという区分を行うことは著しく困難である。

しかも、原告らの請求は、訴状送達の日までに生じた損害の賠償を求める趣旨ではないし、かといって、訴状送達の日以降の損害についてそれ以前の損害とは区分して金銭債務の履行遅滞に基づく付帯請求を行っているとも解されないから、訴状送達の日の後も損害の認定が行われた者に対する損害賠償債務が遅滞に陥った日は、訴状送達の日の後に死亡した者については損害額が確定した死亡日の当日であり、口頭弁論終結時まで損害の認定が行われた者については口頭弁論終結日の当日であると解するほかない。

そうだとすれば、予備的な損害賠償請求に係る付帯請求は、いずれも侵害行為の後である次の日から民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。

1 訴状送達の日までに損害認定期間が終了している者 訴状送達の日の翌日

2 訴状送達の日の後の死亡時に損害認定期間が終了した者 死亡日

3 口頭弁論終結時まで損害の認定が行われた者 口頭弁論終結日

第三 被告らが賠償すべきの損害の範囲について

一 被告国の単独不法行為による損害

昭和四五年三月以降国道四三号線沿道五〇メートル以内に存在した自動車排出ガスによる局所的な大気汚染(本件沿道汚染)は、大阪西宮線が開通する昭和五六年六月以前の時期には、全部が国道四三号線の道路排煙によって形成されていたのであるから、その時期に本件沿道汚染に起因して生じた人身損害について大阪西宮線の道路管理者である被告公団が国賠法二条に基づく損害賠償債務を負うことはありえない。

したがって、別表Cに記載の沿道患者のうち、昭和五六年六月以降の本件沿道汚染に暴露したことによる健康被害が認定されていない者に対する賠償義務者は国道四三号線の道路管理者である被告国だけということになる。

二 被告らの共同不法行為による損害

認定事実第二章第二ないし第四のとおり、高架道路である大阪西宮線の道路排煙は、必ずしも、沿道五〇メートル以内の沿道地区に局所的な大気汚染を形成するとはいい難く、大阪西宮線が開通した昭和五六年六月以降の時期においても、主に本件沿道汚染を形成したのが地上付近から大量に排出される国道四三号線の道路排煙であるということができるが、大阪西宮線の道路排煙と国道四三号線の道路排煙とは民法七一九条一項前段の共同不法行為を形成する関連共同性が認められることは前記(争点一に対する判断)のとおりである。

したがって、別表Cに記載の沿道患者のうち、昭和五六年六月以降の本件沿道汚染に暴露することによって健康被害が生じたと認定された者に対する賠償義務者は被告両名であるということになる。

三 右一と右二とが混在する場合

1 別表Cに記載の沿道患者のうち、昭和五六年六月以前の本件沿道汚染とそれ以後の本件沿道汚染の両方に暴露したことによる健康被害が認定された者(損害混在型の沿道患者)に対する賠償義務は、共同不法行為によって生じた健康被害に対応する非財産的損害の賠償義務者が被告両名であり、共同不法行為が存在する以前に生じた健康被害に対応する非財産的損害の賠償義務者は被告国だけであるということになる。

2 本件沿道汚染に起因する肉体的・精神的苦痛に対する認定損害額のある一部がどの時期の肉体的・精神的苦痛に対応するものであるかという区分を行い、被告公団が賠償責任を負わない損害の範囲を正確に認定することは著しく困難であるが、共同不法行為がおよそ存在しえない時期に生じたことが明らかな損害については、民法七一九条一項前段によって被告公団の供用行為との間の因果関係が擬制されるとすることはできないし、民法七一九条一項後段によって、被告国及び被告公団のいずれの供用行為によって発生したのかが不明であるとし、被告公団の供用行為との間の因果関係を推定する余地もない。

3 そこで、本件においては、損害混在型の沿道患者の認定損害のうち、大阪西宮線の道路排煙が当該患者の気管支喘息の発症にかかわったのか、それとも発症後の症状の増悪だけにかかわったのかという点、大阪西宮線の道路排煙が当該患者の症状にかかわった期間を考慮し、共同不法行為と因果関係が立つとみられる損害の範囲を全認定損害に対する合理的な割合で認定すべきであり、その割合は、別表Aの⑦欄に記載のとおりである。

四 まとめ

右のとおりであるから、被告国は別表Aの③欄に記載の金額(別表C記載の請求認容額と同じ)の損害賠償金を、被告公団は別表Aの④欄に記載の損害賠償金を、それぞれ別表Aの①②欄の原告らに支払うべきことになり、その金額が重なり合う範囲の履行義務はいわゆる不真正連帯債務の関係に立つということになる。

第一〇章 争点六(損害賠償債権の消滅時効の成否)に対する判断

一 被告らは、本訴提起日である昭和六三年一二月二六日あるいは平成七年一二月四日から三年前以前の日に公健法等による指定四疾病罹患の認定を受け、提訴時に生存していた本件患者(別表C記載の沿道患者は全員がこれに該当する。)については、少なくとも右認定時点において大気汚染による健康被害を知ったことは明らかであり、かつ、これらの者は本件道路排煙が右大気汚染の一因であるとの認識を有していたと認められるとし、それら本件患者の被告らに対する損害賠償請求権の三年の消滅時効による消滅を主張・援用するので、その当否について検討する。

二 民法一六六条一項は一般の債権の消滅時効の起算点を「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とし、民法一六七条一項は原則的な消滅時効の期間を一〇年としているから、一般の債権は、債権者の主観的な認識いかんにかかわりなく、客観的に権利行使が可能となった時、すなわち、弁済期等の権利行使の障害がない限り通常は債権が発生した時から消滅時効が進行することになる。

これに対し、民法七二四条は、不法行為債権に係る消滅時効の特則を設け、消滅時効の起算点を被害者が「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」と規定し、消滅時効の起算点を、権利行使が法律上又は事実上可能となった時期とはせずに(「知リ得ル時」が起算点ではない。)被害者の現実の認識という主観的事情にかからせ、同時に、消滅時効の期間を一般の債権よりも大幅に短い三年としている。そして、この民法七二四条の規定は、国賠法に基づく損害賠償債権にも適用がある。

三 民法七二四条は、不法行為債権の権利行使が必ずしも容易ではなく、客観的に権利行使が可能となった時から不法行為債権の消滅時効が進行するとすれば、被害者に酷であることから、消滅時効の起算点に関しては、被害者に対する配慮を加えて被害者の保護を図るものである。

もっとも、不法行為は偶発的事象に属することが多く、時間の経過とともに証拠が散逸しやすいと考えられるため、被害者が損害及び加害者を知ったにもかかわらず権利行使をせず、長年が経過した後突如として損害賠償請求を行った場合には、加害者が適切な防御の機会を逸するという事態も考えられることから、民法七二四条は、消滅時効の期間に関しては、加害者に対する配慮を加えてこれを短期の三年とし、不法行為債権の消滅時効に関する被害者の利益と加害者の利益の調和を図ろうとするものである。

四 右のような民法七二四条の趣旨に照らせば、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、賠償請求が可能な程度にこれを認識することが必要であるが(最高裁判所昭和四八年一一月一六日第二小法廷判決民集二七巻一〇号一三七四頁)、社会通念上適法とみられる活動によって損害がもたらされたという類型の不法行為においては、侵害行為に関して被害者の認識した事実が必ずしも損害賠償責任を基礎付ける事実とは直結していないことが多いであろうから、賠償請求が可能な程度に事実関係を知った時点がいつなのかを確認することがしばしば困難である。

例えば、被用者を使用して会社を経営することは何ら違法ではないし、会社が常に被用者が他人にもたらした損害の賠償責任を負うこともありえないから、使用者に対する不法行為債権の起算点は、必ずしも、当該被用者と当該会社の雇用関係を被害者が知った時とはできないのであり、当該被用者の侵害行為が会社の「事業ノ執行ニ付キ」行われたとの事実関係を被害者が認識した時としなければならないし(最高裁判所昭和四四年一一月二七日第一小法廷判決民集二三巻一一号二二六五頁)、医師の医療行為は許された身体侵襲行為であるから、医療過誤に基づく不法行為債権の起算点は、必ずしも、治療行為による悪しき結果を知った時とはできないのであり、医師の注意義務違反を裏付ける何らかの事実関係を被害者が認識した時としなければならない。

本件においても、被告らが国道四三号線及び大阪西宮線を自動車の走行に供すること自体は適法な行為であって、そこから排出される自動車排出ガスが沿道住民の健康被害をもたらす程度になって初めて供用行為が違法とされるのである。しかも、単に、それら道路からの大量の自動車排出ガスが迷惑であるとか、不衛生であるとかを認識したというだけでは、道路管理者に対する国家賠償債権の消滅時効が進行するとは考えられないのであって、それら道路からの大量の自動車排出ガスと健康被害との因果関係を基礎付ける事実関係を認識して初めて、賠償請求が可能な程度に「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」が到来したものというべきである。

五 ところで、大気汚染と非特異的疾患である指定疾病との間の因果関係は、民事訴訟を提起すればかなりの程度まで強制的に行うこともできる法令上の証明方法、例えば、関係者の証人尋問、文書提出命令又は送付嘱託によって入手可能な文書の取調べ、調査嘱託、鑑定などによって立証ができるという性質の要件事実ではなく、大気汚染物質が呼吸器に及ぼす影響を検討した実験的知見(主に動物実験の知見)と調査・解析に膨大な労力を要する疫学知見とを明らかにして立証する以外に証明手段がない特殊な要件事実である。

したがって、信頼性のある実験的知見や疫学知見が得られない段階で、大気汚染物質の排出源を被告とし、指定疾病による健康被害の賠償を求める民事訴訟を提起しても敗訴するだけであるから、被害者において、右因果関係の立証を可能とするような実験的知見及び疫学知見が存在するとの事実関係を認識した段階で、賠償請求が可能な程度に「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」が到来したものというべきであり、それ以前の段階で損害賠償債権の消滅時効の起算点が到来したとすることは、不可能な権利行使を強いるという結果を招来するので適当ではないことになる。

六 これを本件についてみると、基礎的事実第五章第六のとおり、わが国においては、硫黄酸化物による著しい大気汚染が収束した後、大気汚染の主要物質とみられていた二酸化窒素と指定疾病との間の因果関係が明確ではないとの六一年専門委員会報告が明らかされ、さらに、わが国の一般大気環境と指定疾病の新規発症との間の因果関係が不明確であることを前提として、昭和六三年三月一日をもって全国の第一種地域の指定解除が行われたものである。このことに加え、国道四三号線については、いわゆる国道四三号線訴訟事件において、沿道の大気汚染と健康被害との間の因果関係が認められないとする一連の判決が言い渡されているのであり(一審判決が神戸地方裁判所昭和六一年七月一七日言渡し、控訴審判決が大阪高等裁判所平成四年二月二〇日言渡し、上告審判決が最高裁判所平成七年七月七日言渡し)、いわゆる西淀川大気汚染公害二次ないし四次訴訟事件において、沿道の大気汚染に基づくと健康被害との間の因果関係を肯定した大阪地方裁判所の判決(ただし賠償責任は昭和四六年から昭和五二年の大気汚染による健康被害に限定)が言い渡されたのも平成七年七月五日のことであることは公知の事実であり、本件の昭和六三年(ワ)第二二一七号及び平成七年(ワ)一七六六号事件の提訴三年前の段階で、本件患者が、大気汚染と指定疾病との間の因果関係を明らかにする実験的知見や疫学知見が存在するとの事実関係をどれほど認識していたというのかは甚だ疑問である。

実際にも、本件沿道汚染と気管支喘息との間の因果関係を明らかにするうえで最も重要な疫学知見である千葉大調査の解析結果が報告されたのは平成八年のことであって(甲A第九五一号証)、ディーゼル排気微粒子(DEP)と気管支喘息との関係を検討する一連の動物実験(第三章第四の三)の結果が報告されたのも最近のことなのであり、結局のところ、本件においては、因果関係の立証を可能とするような実験的知見及び疫学知見が存在するとの事実関係を認識したという意味で、本件患者が、被告らにおいて消滅時効進行開始時期と主張する時期に、賠償請求が可能な程度に「損害及ヒ加害者」を知ったということを認定することはできないから、被告らの消滅時効に関する主張は理由がない。

七 なお、被告らは、公健法の認定を受けた時点で、賠償請求が可能な程度に本件患者が損害及び加害者を知ったものであるとの主張をしている。

この主張は、公健法による認定がされたという事実が、認定時点の当該第一種地域の大気汚染によって認定疾病が惹き起こされたとの因果関係を法律上又は事実上推定させる性質があるという前提に立つならば、本件患者は、認定がされた事実を主張立証することにより、少なくとも、近隣の主要汚染原因者に対する不法行為債権の権利行使が可能となるから、一応、首肯できる主張である。

しかしながら、基礎的事実第五章第三及び第四の一並びに第六章第一のとおり、公健法の認定というのは、認定患者個々人の認定疾病と大気汚染との間の因果関係を法律上又は事実上推定させるようなものではないし、被告らもそのようなものであることを強く否定しているところである。

公健法よる補償給付は、個々の汚染原因者の賠償責任の有無・程度を民事訴訟で確定することが困難であろうとの前提に立った上で、それが確定されていない段階であっても、総汚染原因者の負担によって、一定の合理的な水準までは、個々の汚染原因者による賠償責任が履行された状態にしようという制度であり、公健法の認定は、ある人の健康被害が、誰がどの範囲で形成した大気汚染に起因するのかという点(すなわち、民事訴訟においては立証が要求される因果関係)を認定するというものではないから、公健法の認定を受けたという事実は、本件患者の被告らに対する国家賠償債権の消滅時効の起算点を判断するに際し、特段の意味を有すると考えることができない。

第一一章 争点七(差止請求の可否)に対する判断

第一 本件差止請求に係る訴えの適否について

一 本件差止請求の訴訟物

1 患者原告の被告らに対する本件差止請求は、本件道路の供用が形成する大気汚染により、本件患者の指定疾病を増悪させるという身体・健康に対する侵害が継続しているため、継続する侵害を除去するとともに、そのような侵害の発生の予防措置を求めるという趣旨の差止請求である。

ただ、患者原告は、例えば「何時から何時まで自動車交通に供してはならない」とか「一日何万台以上の自動車交通に供してはならない」というように侵害発生源の制御措置を具体的に指定した不作為命令を求めず、本件道路の供用によって患者原告の居住地で「二酸化窒素につき一時間値の一日平均値0.02ppmを、浮遊粒子状物質につき一時間値の一日平均値0.10mg/m3又は一時間値0.20mg/m3を超える汚染」(以下「差止対象汚染」という。)をもたらしてはならないという不作為命令(以下「本件不作為命令」という。)を求めるものである。

2 患者原告は、本件差止請求の根拠となる実体法上の権利として、「環境基準(二酸化窒素については旧環境基準)に適合した環境上の条件下での生活を享受する人格的利益」とか「環境権」というものを主張しているが、その主張の全容に照らせば、差止対象汚染が、現実に指定疾病を発症・増悪させるか、あるいは疾病発症段階まで至らなくとも健康に悪影響を及ぼし指定疾病を発症・増悪させる現実的危険を有するという事実を前提としたうえで、差止対象汚染の除去及び予防を求めて、本件差止請求を行っているものと解されるのであって、差止対象汚染が健康に悪影響をもたらすのかどうかを問題にしないで、環境基準(二酸化窒素については旧環境基準)に適合した環境を享受する人格的利益に基づき、その利益侵害の除去・予防を求める趣旨で本件差止請求を行っているものとは到底解されない。

3 本件差止請求が、あくまで、健康被害又はその現実的危険が存在しているとの事実に基づくものと解される以上、本件差止請求の訴訟物として提示されているものは、生命・身体を脅かされない人格的利益(以下「身体権」という。)に基づく人格権的請求権であると理解すべきであり、そう理解したうえで、本件差止請求の適否及び当否を検討することとする。

二 本件差止請求の訴訟物の特定性

1 身体権は、自然人が生まれながらに有している最も基本的な権利であり、あらゆる他人に対してその不可侵を主張できるという意味で、物権と同様に、いわゆる絶対権に属する権利であるから、他人の身体権の享受を妨げないという不作為義務は、社会の構成員全員が等しく負担している一般的な義務であり、その義務違反行為は、民事上の不法行為責任を構成するだけでなく、刑事上も可罰的違法性があるとされる。

また、身体権は絶対権に属する権利であるから、物権侵害に対応して物権的請求権が発生するのと同様に、身体権を侵害する他人に対しては、(当該他人の故意や過失を問題にするまでもなく)侵害の排除を求める趣旨の人格権的請求権が発生することになる。

2 ところで、物権侵害の場合には、例えば、物を収去したり登記を戻して物権の完全性を回復することが可能であるから、原状回復を求めるための収去作業や登記手続という原状回復に必要な作為を求める物権的請求権が生じるが、身体権侵害の場合には、一旦侵害された身体を原状に戻してその完全性を回復するということは不可能であるから、原状回復を目的とした作為を求める人格権的請求権が発生する余地はなく、過去の侵害に対しては常に損害賠償請求権だけが生じることになる。

したがって、身体権侵害に基づいて発生する人格権的請求権は、①身体権侵害が継続しているため、身体権を侵害しない義務を現実に履行させる必要がある場合、あるいは、②身体権侵害がもたらされる現実的危険があるため、身体権を侵害しない義務の不履行を予防する必要がある場合に生じるのであり、いずれも、身体権を侵害しない義務(不作為義務)の給付を求める請求権として発生する。

3 大抵の作為義務は一定の結果をもたらすことを給付の内容とするから、その給付として何をすべきかが自明であるが、不作為義務は、一定の結果をもたらさないことを給付の内容とするから、その給付として何をすべきかという点が必ずしも自明というわけではない。

不作為義務は、文字通り「何もしない」という単純な不作為を保てば不作為義務が履行されたことになるという場合もあるが、多くの場合、義務に違反しない状態を維持するために何らかの措置(作為)を行わなければ不作為義務が履行されたことにならないからである。

したがって、不作為義務の履行を求める給付訴訟(いわゆる「差止請求訴訟」)においては、将来に向けての不作為請求のみならず、現況を改める積極的な措置を行うことも請求されることがある。例えば、通行地役権侵害差止請求訴訟においては、将来に向けての不作為請求がされる以外に、障害物が存在すればその撤去も請求され、判決でも、将来に向けての不作為命令以外に障害物の撤去命令も行われるのが通常である。同様に、限度を超える有害物質の排出によって身体権の侵害が継続している場合の身体権侵害差止請求訴訟においては、人格権的請求権の行使として、将来に向けての不作為請求のみならず、当該有害物質の制御を求める具体的な措置の実施も求めることができる。

4 このように、身体権侵害差止請求訴訟における請求の内容は多様なものとなるが、不作為請求と措置実施請求がされる場合であっても、さらには、複数の措置実施請求がされる場合(現況を改める措置として複数のものが想定される場合)であっても、請求ごとに訴訟物が異なると考えることはできない。

なぜなら、それら請求は、一個の身体権侵害に対応する一個の実体法上の不作為義務の履行を求めるものにすぎず、それら請求ごとに訴訟物が異なると考えることは実体法上の権利関係に合致しないし、徒に紛争を細分化することにもなるからである。

5 したがって、身体権侵害差止請求訴訟において訴訟物を特定する場合には、請求の趣旨と原因とによって、現に身体権を侵害し、あるいは侵害する現実的危険がある被告の行為(侵害行為)及び侵害される原告の身体権の内容(侵害結果)が特定されれば足りるのであり、これが主張立証されれば、裁判所は、原告が被告に対し身体権侵害をしない不作為義務の履行を求める人格権的請求権を有するとの法的状態を認識することが可能となる。

要するに、現況を改めるため被告が実施すべき措置の内容は、人格権的請求権の訴訟物の特定のために必要な事実ではない。

6 右のような観点から本件差止請求をみた場合、その訴訟物である人格権的請求権は、本件道路排煙によって患者原告の呼吸器症状の増悪がもたらされているとの事実が主張されることによって特定されているとみなければならない。

三 本件不作為命令の給付条項としての明確性

1 不作為義務の履行を命じる給付判決の主文は、不作為命令と措置命令の両者を含む場合と不作為命令だけの場合とがあるが、判決がそのいずれになるのかは原告の申立てにかかっている。措置命令の強制執行の方法は民事執行法一七一条の代替執行であり、不作為命令の原則的な強制執行の方法は民事執行法一七二条所定の間接強制であるが、民法四一四条三項は、不作為義務の特殊性を考慮して特種な強制執行の方法を許容しており、債権者(不作為命令の給付判決における原告)は、執行裁判所に対し、違反状態の除去命令又は違反状態をもたらさないため「将来ノ為メ適当ノ処分」実施命令の発令を申し立てることができ、これが発令された場合には代替執行まで可能となる。

2 本件不作為命令は、何もしなければ裁判所が命じた不作為義務を履行したことになるという単純なものではなく、義務に違反しない状態を維持するために何らかの措置を被告らが行わなければ、裁判所が命じた不作為義務の給付を行ったことにならない類の不作為命令である。

どのような措置をとれば不作為義務を履行したことになるのかが明確ではない不作為命令は、間接強制によって被告を極めて不安定な地位に置くことになるうえ、執行裁判所が民法四一四条三項の措置を命ずべき範囲(執行力の限界)が極めて不明確なものとなるから、そのような不作為命令は給付条項としての明確性を欠く不適切なものといわざるをえず、そのような不作為命令を求める差止めの訴えも不適法なものである。

例えば、被告が不作為命令を履行するため何らかの措置を行ったが、それが当該不作為命令を正しく履行したものなのかどうかが後日争いとなるような事態が生じる不作為命令は給付条項としての明確性に欠けるといわざるをえない。

3 ところで、本件不作為命令は「被告らの支配領域にある侵害原因を制御することによって、差止対象汚染による身体権の侵害を患者原告にもたらしてはならない」という内容であるが、差止対象汚染を形成しないために被告らが行うべき措置は、要するに本件道路排煙の大気中への排出抑制措置を実施することに尽きるのであって、それとは全く異なる種類の措置の実施(例えば、患者原告の家に空気清浄器を設置すること)もこれに含まれると解される余地はない。

また、差止対象汚染は数値によって客観的に指定されたレベルの大気汚染であるから、本件不作為命令は、被告らが実施した排出抑制措置が不作為命令を正しく履行したのかどうかの判定が困難なものでもない。

したがって、本件不作為命令が給付条項としての明確性に欠けるということはできない。

4 本件差止請求の訴訟物が特定されており、かつ、本件不作為命令が給付条項としての明確性に欠けることがない以上、本件不作為命令の申立ての記述に問題があるためその当否に関する審判に支障が生じることがないのは当然のことであり、本件不作為命令の当否は、差止対象汚染が受忍限度を超える身体権侵害をもたらすのかどうかという点に関する当事者の攻撃防御を経ることにより裁判所の判断が可能となるものである。

四 本件差止請求の強制執行可能性

1 給付判決は強制執行が可能なものでなければならない。本件不作為命令は、民事執行法一七二条所定の間接強制によって執行すべきものと考えられるところ、執行裁判所において本件不作為命令が履行されているのかどうかという点を客観的に把握できないという場合には、結局のところ、本件不作為命令の強制執行が不可能であり、本件差止請求に係る訴えは不適法なものとならざるをえない。

2 ところで、二酸化窒素や浮遊粒子状物質には本件道路以外にも非常に多様な発生源があり、それら大気汚染物質による患者原告の居住地における汚染は、本件道路から排出されたものと本件道路以外の排出源から排出されたもので構成されているはずである。

したがって、ある患者原告の居住地において差止対象汚染が測定されたとしても、本件道路排煙が存在しない場合の当該居住地における大気汚染物質の濃度(バックグランド濃度)がどの程度であるのかが分からなければ、バックグランド濃度と測定値の差が本件道路排煙によってもたらされた濃度であること、ひいては、本件道路排煙の制御が適切でないため不作為命令が履行されていないことを客観的に認識することができないことになる。

3 右のバックグランド濃度は、本件道路近くの患者原告の居住地においては比較的容易に把握することができる。

本件道路と概ね垂直の風向の風が吹いている場合には、本件道路排煙の影響によって本件道路の風下側の測定値が高くなり、本件道路排煙の影響を全く受けなくなる風上側の測定値は極端に低くなることが予想される(二酸化窒素測定値に係る図表三三の三回目の測定グラフを参照)。

この場合、本件道路を挟んで距離が余り離れておらず、その間に本件道路以外の汚染源がないという条件が充たされる二つの地点の測定値を比較し、測定値の高い風上側のバックグランド濃度は、道路反対側の風下側の測定値と概ね同一であるとみなしてよいと考えられる。

したがって、本件道路近くの患者原告の居住地においては、①患者原告の居住地の大気汚染物質の濃度、②風向及び風速、③その居住地と本件道路を結ぶ最短の直線の延長線上にある道路反対側の地点(距離が大きくは離れておらす、本件道路以外に汚染源がないとの条件を充たす地点)の大気汚染物質の濃度の三つが、ある程度の期間連続測定されておれば、本件請求債務に係る不作為命令の履行がされているのかどうかを客観的に認識することが可能である。

4 右のような手法によるバックグランド濃度の把握は、本件道路から大きく離れてしまうと道路反対側(風下側)の測定値を風上側のバックグランド濃度とみなすことに無理が生じるから、道路近くの居住地においてだけ可能である。

本件道路から大きく離れた居住地におけるバックグランド濃度の客観的な把握は、現状では非常に困難であるが、科学技術の水準、測定技術、シミュレーション手法が向上すれば可能となるものであって、一般的におよそ不可能であるとはできないように思われる。

したがって、バックグランド濃度の把握ができない結果、本件不作為債務の強制執行の申立てが事実上できない場面が生じることはあっても、そのことから、本件不作為命令がおよそ強制執行が不可能であって、患者原告らの差止めの訴えが不適法であるということにはならない。

五 差止めの訴えを不適法とする被告らの主張について

1 被告らは、本件不作為命令によっては、侵害行為を防止する措置の具体的内容ひいては被告らの負担が明らかにならず、被告の防御権の行使のみならず、裁判所の適正な審理を著しく困難にし、特定が不十分であるなどと主張しているので、この主張の当否について検討する。

2 本件差止請求には、不作為義務の履行として具体的な排出抑制措置の実施を求める作為請求が含まれておらず、将来に向けての不作為命令のみを求める趣旨が明確であるところ(被告らは、本件差止請求が作為請求と解される余地があるかのような主張をしているが、そのような理解は失当である。)、被告らは、およそ不作為命令の申立てが許されない(具体的な排出抑制措置の実施請求しか許されない)という主張を行っているようではないから、被告らの主張が正しいとすれば、本件不作為命令は、「差止対象汚染を形成してはならない」というだけでは足りず、例えば「一時間当たりの自動車通行量を何台に制限して差止対象汚染を形成してはならない」とか「供用車線を全二車線に制限して差止対象汚染を形成してはならない」としなければならないことになる。

3 確かに、措置の具体的例示を含む不作為命令の場合には、本件不作為命令の強制執行の段階で「将来ノ為メ適当ノ処分」命令(民法四一四条三項)の申立てが容易であり、排出抑制措置の具体的内容を明らかにしないでは、いずれにせよ患者原告は執行裁判所に対し右処分命令を申し立てることができないという意味で強制執行上の限界が生じることは明らかであるが、このことは、強制執行の事実上の限界が生じるということにすぎないのであり、執行力の範囲・限界がおよそ不明確であることまでを意味するのではなく、本件不作為命令が強制執行に適しない給付条項でないことは既に述べたとおりであって、強制執行の観点から本件不作為命令に問題があるということはできない。

4 仮に、患者原告において排出抑制措置の具体的内容を特定して主張立証しなければならないと考える必要があるとすれば、それは、結局のところ、そうしなければ、患者原告の有する実体法上の権利が明らかにならないと考えられる場合であろうということになる。

しかしながら、患者原告が被告らに対して有する実体法上の権利は、身体権侵害の結果をもたらさないとの不作為義務の履行を求める権利であり、この不作為義務を履行するための方法は、究極的には、被告らが任意に決めればよいことである。患者原告は、その望む特定の排出抑制措置の実施を目的とする実体法上の権利など有しないから、排出抑制措置の具体的内容を特定して主張立証することは、患者原告の実体法上の権利を基礎付けるためには必要がないのであって、訴訟における弁論主義ないしは主張立証責任の観点から本件不作為命令に問題があるとすることはできない。

5 本件不作為命令によって被告らが対応に苦慮し困惑するという事態が生じるとすれば、それは、どのような排出抑制措置を行っても本件不作為命令を履行することができないという場合であろうが、そのような例外的事実の主張立証がされれば、患者原告は当該不作為請求権を有しないという理由で本件差止請求が棄却されることになるだけであって、排出抑制措置の具体的内容が患者原告によって主張立証されなければ、直ちに、被告らが訴訟での対応に苦慮することになるとは考えられない。

6 被告らの右主張は、患者原告の側で本件沿道汚染に関する詳細な調査をし、差止対象汚染を形成しないための排出抑制措置の存在及び内容を確定したうえでなければ、身体権侵害の継続又は侵害の現実的危険が存するにもかかわらず不作為命令による救済を求めることができないという結果を意味するが、本件沿道汚染という被告らの支配領域にある侵害原因について患者原告の側で十分な調査を強制的にでも行う訴訟上・訴訟外の手段は何も保障されてはいないから、右のような調査の責任を患者原告側に負担させることは著しく不当である。

したがって、訴訟における当事者の公平という実質的な観点からみても、被告らの主張には根拠が乏しいといわざるをえない。

7 右のとおり、本件差止請求に係る訴えが不適法であるという被告らの主張は、これを正当化する法的根拠又は実質的理由を見いだすことができず、採用することができない。

なお、被告らは、本件差止請求が、結局、行政権の主体たる国に対し、行政機関が本質的に保持する行政権限の発動を強制しようとするものであり、さらには、立法を強制する意味も持ち得るのであって、民事訴訟において行使が不可能な権利を行使しようとする不適法な訴えであるとの趣旨の主張もしている。しかし、被告らが、給付訴訟の判決によって本件不作為命令を受けたため、本件道路の供用を一定限度まで抑制することを余儀なくされるという事態が発生したとしても、本件道路は、高度の公共性を有する国家的な行政目的を達成するために不可欠の施設として、道路行政権の主体によって独占的・排他的に管理されなければならないという性質を有する営造物であるとはいい難いから、右のような事態が民事訴訟によって本来的に実現することが不可能な事態(行政訴訟によって実現すべき事態)であるとか、本件差止請求が民事訴訟において行使が不可能な権利を行使するものであると考えることはできず、被告らの右主張は失当である(国道四三号線に関する最高裁判所平成七年七月七日第二小法廷判決民集四九巻七号二五九九頁参照)。

第二 本件差止請求の当否について

一 二酸化窒素に係る本件差止請求

前記(争点一に対する判断)のとおり、尼崎市の自排局での測定値を含む尼崎市レベルの二酸化窒素濃度が指定疾病の発症又は増悪の原因となるとはいい難いから、本件道路排煙の二酸化窒素によって現に形成され、将来形成されることが予測されるレベルの大気汚染が、患者原告の身体権の侵害となるということはできず、二酸化窒素に係る本件差止請求は理由がない。

二 国道二号線に係る本件差止請求

前記(争点一に対する判断)のとおり、国道二号線の道路排煙が原因となって指定疾病の発症・増悪因子となる大気汚染が形成されたとはいい難いから、国道二号線の道路排煙による身体権の侵害が現に継続している、あるいはその侵害の現実的危険が存在することを前提とする国道二号線に係る本件差止請求は理由がない。

三 国道四三号線及び大阪西宮線に係る本件差止請求

1 国道四三号線及び大阪西宮線の道路排煙が原因となって、昭和四五年三月以降現在まで、少なくとも沿道五〇メートルの範囲で気管支喘息の発症・増悪因子となる大気汚染(本件沿道汚染)が形成されていることは前記(争点一及び二に対する判断)のとおりであるが、それ以外の範囲ではそのような大気汚染が形成されたことを肯定するに足りる証拠は十分ではなく、尼崎市における浮遊粒子状物質の測定値の傾向に照らせば、国道四三号線沿道五〇メートルを超える距離の地域で国道四三号線及び大阪西宮線の道路排煙が原因となってそのような大気汚染が形成される現実的危険があるとも認め難い。

したがって、現に国道四三号線沿道五〇メートルの範囲内に居住している患者原告(別表Aの「⑥沿道居住の有無」欄に★印の表示がある原告である。以下「沿道居住原告」という。)以外の患者原告の国道四三号線及び大阪西宮線に係る本件差止請求は理由がない。

2 沿道居住原告は、気管支喘息の発症・増悪因子となる大気汚染が存在することにより、既に発症している気管支喘息の症状が増悪するという健康被害にさらされているから、自己の身体権の侵害に基づき、被告らに対し、気管支喘息の増悪因子となる浮遊粒子状物質による大気汚染を形成して身体権の享受を妨げてはならないという不作為義務の履行を求めることができ、裁判所は、そのような大気汚染を形成しないとの内容の不作為命令を行うべきことになる。

四 身体権の侵害となる汚染濃度

1 沿道居住原告は、環境基準の数値を超える浮遊粒子状物質による汚染が身体権の侵害となるとし、そのような汚染の形成の禁止を求めるものである。

2 環境基準は、維持することが望ましい公衆衛生行政の目標として環境上の条件を定めるとの建前で設定されているようであり(公基法九条参照)、所定の数値は、これが維持されない状態が継続すれば現実に健康被害が生じるであろうという数値ではないとされている。

浮遊粒子状物質の環境基準に係る環境上の条件を提案した「生活環境審議会公害部会浮遊ふんじん環境基準専門委員会」の昭和四五年一二月二五日付け報告(丙A第七号証一二一八頁ないし一二一九項)によっても、維持されない状態が長期間継続した場合に健康への影響が生じるという健康影響値として「一時間値の一日平均値0.10mg/m3又は一時間値0.20mg/m3」という数値が提案されたのか、そのような健康影響値を見いだしたうえで一定の安全係数を乗じて右数値が提案されたのか、あるいは、健康影響値や安全係数というものによらないで当面の目標として右数値が提案されたのかが全く分からないのであって、浮遊粒子状物質の汚染が環境基準値を超えた場合には健康に悪影響が生じ、身体権の侵害となると考えることは困難である。

3 ところで、本件沿道汚染が気管支喘息の発症又は増悪の原因となるとの本判決の事実認定は、浮遊粒子状物質の濃度がどの程度以上となった場合に気管支喘息症状に対する影響が生じるのかという判断を経由して行われたものではなく、千葉大調査の知見が、その調査及び解析手法並びに道路沿道の大気汚染に関連付けた他の疫学調査による知見に照らして信頼できるとしたうえで、交通量及び大型車混入率から千葉大調査の知見を国道四三号線沿道地区に当てはめて行われたものである。

したがって、当裁判所の認定判断の過程において判明している事情は、① 自動車由来の粒子状物質は幹線道路沿道では非常に高濃度で存在するであろう、② したがって、少なくとも、幹線道路沿道の自排局で測定される浮遊粒子状物質中に自動車由来の粒子状物質が占める割合は相当に大きなものであろう、③ 千葉大調査対象地域の自排局で測定されている浮遊粒子状物質の測定値(図表四三①)は、浮遊粒子状物質全般の悪影響ということではなく、そこに含まれる自動車由来の粒子状物質の悪影響を示す指標としては意味を有するのであろう、ということである。

4 そうだとすれば、千葉大調査対象地域の自排局で測定されている浮遊粒子状物質の測定値は、沿道居住原告の居住地において現実に健康被害(身体権の侵害)をもたらす蓋然性の高い浮遊粒子状物質による汚染状況を示す数値であるということになる。

千葉大調査対象地域にある千葉市、船橋市及び柏市の自排局の平成三年度ないし五年度(千葉大調査の追跡調査が行われた平成四年度ないし平成六年度の前年度)の一日平均値の98%値は、平均で概ね0.15mg/m3であるが(図表四三①)、尼崎市における測定値(図表三一①ないし⑤)を前提とする限り、右数値は、国道四三号線沿道において過去に頻繁に測定された数値であり、国道四三号線及び大阪西宮線の交通量及び大型車混入率に照らせば、今後とも国道四三号線沿道において測定される可能性が高い数値であるということができる。

したがって、少なくとも、沿道居住原告の居住地において、浮遊粒子状物質の測定値が右数値に達する場合には、気管支喘息に関する健康被害(身体権の侵害)が生じる蓋然性が高いということができる。

しかし、浮遊粒子状物質の測定値を尺度としてみた場合に、国道四三号線の沿道五〇メートル以内の地区において右数値より低位のどの程度の測定値が得られた場合に、自動車由来の粒子状物質による汚染が身体権の侵害となり得るのかという点は、証拠によって認定することが困難である(さらに、根本的には、浮遊粒子状物質の濃度ではなく、自動車由来の粒子状物質の濃度がどの程度になれば健康被害が生じるのかを検討する方が適切なのであるが、自動車由来の粒子状物質の濃度を的確に把握すること自体が不可能であり、当面、そのような検討は不可能である。)。

5 右のとおり、本件差止請求は、一日平均値(一時間値の一日平均値)0.15mg/m3以上の浮遊粒子状物質の汚染(測定方法は、現行の環境基準及びその運用原則である、濾過捕集による重量濃度測定法又はこの方法によって測定された重量濃度と直線的な関係を有する量が得られる光散乱法、圧電天びん法若しくはベータ線吸収法を用いて、地上三メートル以上一〇メートル以下の高さで試料を採取して測定する方法による。)を形成しないとの不作為命令を求める限度で一部理由があるということにはなるが、そのような一部を認容したところで、本件差止請求のごく僅かしか認容したことにならないことは明白である。

ところで、沿道居住原告は、その提示の環境基準値(又はこれと近似した数値)以外の測定値を用いた不作為命令を求める趣旨ではないと解される場合には、右のような僅かな一部を認容したうえでその余の本件差止請求を棄却することは請求の趣旨から逸脱した判決を行うことになるが、本件差止請求は必ずしも一部認容を許さない趣旨の請求とは解されないし、本件の一部認容判決(残部棄却判決)が、その既判力により、本件事実審口頭弁論終結時以降の汚染状態及び自然科学の知見を前提とする、より厳しい不作為命令を求める人格権的請求権の行使を妨げるともいえないであろうから、本件差止請求を一部認容する判決は沿道居住原告の請求の趣旨から逸脱しないものというべきである。

五 本件差止請求における違法性の判断

1 沿道居住原告の本件差止請求を一部認容し、沿道患者原告の居住地における一日平均値0.15mg/m3を超える浮遊粒子状物質による汚染の形成を禁止する不作為命令を発した場合には、沿道居住原告の中には国道四三号線の道路境界〇メートルの地点に居住している者がある結果、被告らは、その不作為命令を履行するために、国道四三号線及び大阪西宮線の自動車交通を何らかの方法で制限し、それら道路からの自動車由来の粒子状物質の排出抑制を行う必要があると予測される。

そこで、それら道路の限度を超える供用が、差止めを求められてもやむをえない程度の違法性を有するのかどうかという点も、一応検討すべきである。

2 国道四三号線及び大阪西宮線は、その設置の経緯、一日交通量及び大型車混入率の推移に照らせば、阪神間の巨大な交通需要に応え、阪神間の産業経済活動に対して多大な便益を提供していることが明らかである。したがって、それら道路の供用の制限は、被告らと沿道居住原告との間の個別的な問題にはとどまらず、阪神間の広い地域の不特定多数の者の便益にも影響する重大な公益上の関心事である。

3 しかしながら、国道四三号線及び大阪西宮線の限度を超える供用が沿道居住原告にもたらしている侵害は、単なる生活妨害というものではなく、人の呼吸器疾患に対する現実の影響であって非常に重大である。しかも、国道四三号線及び大阪西宮線の限度を超える供用は、何も、本件の沿道居住原告に対してだけ影響しているわけではなく、道路沿道に居住する多数の住民に新たに気管支喘息を発症させる現実的な危険性も有しているのである。

裁判所は公衆衛生行政を行うものではないが、それら道路の限度を超える供用の違法性の軽重を考えるに際しては、不特定多数の者が受ける便益と不特定多数の沿道住民の不利益の両方を視野に入れなければならないことは明らかであり、そうだとすれば、それら道路の限度を超えた供用を継続することは、沿道の広い範囲で、疾患の発症・増悪をもたらす非常に強い違法性があるといわざるをえず、それでも、なお、それら道路の限度を超える供用を公益上の必要性のゆえに許容せざるをえない状況が阪神間に存するとは考え難い。

4 さらに、本判決による不作為命令を履行するためには、差止対象汚染を形成する程度の国道四三号線及び大阪西宮線の供用の禁止が求められるのであって、それら道路の全面供用禁止が求められるわけではない。

差止対象汚染を形成しないために必要な自動車交通の制限は、粒子状物質の排出量が大きい自動車(ディーゼル車)の混入率を制御することが困難であれば大きな規模となるであろうが、粒子状物質の排出量が小さい自動車の混入率を高めることができる場合、あるいはディーゼル車に関する粒子状物質の排出規制が将来大きく効果をあげた場合には、それより小規模なものとなると思われ、いずれにせよ、国道四三号線及び大阪西宮線の全面供用禁止という大がかりな措置までが必要となるわけではないのである。

5 したがって、国道四三号線及び大阪西宮線の限度を超える供用(沿道患者原告の居住地における一日平均値0.15mg/m3を超える浮遊粒子状物質による汚染の形成する程度の供用)は、これによる身体権の侵害が重大なものであり、これが禁止された場合の公共の不利益を考慮しても、なお強度の違法性を有すると評価せざるをえないから、人格権的請求権に基づく不作為命令を履行するために禁止されることになってもやむをえないといわざるをえない。

結語

以上の次第で、別表A記載の原告らの予備的な損害賠償請求は、被告らに対し同表③及び④欄に記載の金額並びにこれに対する同表⑤記載の日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で一部理由があり、沿道居住原告の本件差止請求は、それら居住地における一日平均値0.15mg/m3を超える汚染を形成して沿道居住原告の身体権の享受を妨げてはならないという趣旨の不作為命令を申し立てる限度で一部理由があるから、それらを認容することとし、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条、六五条を適用し、なお仮執行の宣言については相当ではないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官竹中省吾 裁判官橋詰均 裁判官鳥飼晃嗣)

別表A

本件請求が認容される原告らに対して被告らが支払うべき金額等の一覧表

①原告

番号

③被告国の

支払金額

④被告公団の

支払金額

⑤付帯請求

起算日

⑥沿道居住の有無

⑦備考

24

¥127,600

0

H1.10.31

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

25

¥80,000

0

H1.10.31

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

161

¥1,025,200

¥1,025,200

H1.10.31

認定損害全部について

共同不法行為が成立

170

¥1,221,000

¥244,200

H1.10.31

認定損害のうち大阪西宮線の

関与した部分を10分の2と認定

172

¥577,500

0

H1.10.31

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

186

¥7,975,000

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

188

¥1,595,000

¥1,595,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

189

¥654,500

¥654,500

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

190

¥1,095,600

¥1,095,600

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

191

¥1,883,200

¥1,883,200

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

209

¥311,300

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

216

¥9,300,500

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

219

¥26,000

¥26,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

238

¥20,000

¥20,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

241

¥2,008,600

¥2,008,600

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

242

¥35,000

¥35,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-2

¥500,000

¥500,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-3

¥500,000

¥500,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-4

¥1,000,000

¥1,000,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-5

¥1,000,000

¥1,000,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-6

¥1,000,000

¥1,000,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-7

¥1,000,000

¥1,000,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-8

¥1,000,000

¥1,000,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-9

¥750,000

¥750,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-10

¥750,000

¥750,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-11

¥750,000

¥750,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-12

¥2,250,000

¥2,250,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-13

¥1,125,000

¥1,125,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-14

¥1,125,000

¥1,125,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-15

¥2,250,000

¥2,250,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-16

¥2,250,000

¥2,250,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-17

¥2,250,000

¥2,250,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-18

¥2,250,000

¥2,250,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

244-19

¥2,250,000

¥2,250,000

H6.1.25

認定損害全部について

共同不法行為が成立

246

¥247,500

¥247,500

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

249

¥6,330,500

¥3,165,250

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

(発症に関与せず)を10分の5と認定

251

¥7,353,500

¥2,941,400

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

(発症に関与せず)を10分の4と認定

252-2

¥3,135,000

¥3,135,000

H6.5.1

認定損害全部について

共同不法行為が成立

253

¥6,660,500

¥3,330,250

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

(発症に関与せず)を10分の5と認定

257

¥5,478,000

¥3,286,800

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

を10分の6と認定

258

¥4,172,300

¥4,172,300

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

267

¥1,965,700

¥1,965,700

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

274

¥1,195,700

0

H1.10.31

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

275

¥3,784,000

¥2,648,800

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

を10分の7と認定

277

¥1,925,000

¥1,925,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

280

¥4,864,200

¥2,918,520

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

を10分の6と認定

283

¥3,250,500

¥2,925,450

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

を10分の9と認定

292

¥7,947,500

¥3,179,000

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

(発症に関与せず)を10分の4と認定

293

¥3,410,000

¥2,728,000

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

を10分の8と認定

295

¥375,100

¥375,100

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

299

¥9,097,000

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

305

¥1,860,100

¥1,860,100

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

309

¥13,464,000

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

321

¥1,328,800

¥1,328,800

H1.10.31

認定損害全部について

共同不法行為が成立

356

¥6,908,000

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

363-2

¥3,368,200

¥1,684,100

H3.7.31

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

を10分の5と認定

368

¥5,990,600

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

369

¥5,071,000

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

398

¥924,000

¥924,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

414

¥9,267,500

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

415

¥605,000

0

H1.10.31

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

442

¥4,642,000

¥4,642,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

445

¥6,726,500

0

H11.6.4

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

446

¥4,482,500

¥4,482,500

H11.6.4

認定損害金部について

共同不法行為が成立

463-2

¥13,622,400

0

H8.3.14

認定損害全部について

大阪西宮線の関与が認められない

476

¥10,414,800

¥3,124,440

H11.6.4

認定損害のうち大阪西宮線の関与した部分

(発症に関与せず)を10分の3と認定

506

¥35,000

¥35,000

H11.6.4

認定損害全部について

共同不法行為が成立

別表B

個別的な因果関係の検討対象となった沿道患者の一覧表  (BA=気管支喘息 AB=喘息性気管支炎 CB=慢性気管支炎)

原告番号

生年

月日

死亡日

暴露期間

沿道距離

BA

又は

ABの

発症

時期

発症年齢

初認定日

初認定の年齢

初認定の疾病

認定

変更日

変更

後の

疾病

認定等級

給付合計額

因果

関係

損害

認定

期間

14

S49.6.3

S56.4

~S62.3(学)

0m

S53.1

3

S55.5.22

5

BA

S55.6~3級

H1.7~級外

¥6,080,000

肯定

できず

15

S48.1.24

S54.4

~S60.3(学)

0m

S49.1

1

S55.8.12

7

BA

S55.9~3級

S63.2~級外

¥5,717,200

肯定

できず

20

S51.12.10

S58.4

~H1.3(学)

0m

S52.12

1

S53.12.25

2

BA

S54.1~3級

H4.1~級外

¥7,014,700

肯定

できず

21

S54.6.9

S58.4

~H1.3(学)

0m

S54.11

0

S55.6.21

1

AB

S57.6.21

BA

S55.7~3級

H6.7~級外

¥7,135,800

肯定

できず

22

S51.1.19

S61.4

~H4.3(学)

0m

S52.6

1

S53.10.21

2

BA

S53.11~3級

S59.11~級外

S62.8~3級

H3.2~級外

¥6,334,700

肯定

できず

23

S58.3.17

H1.4

~H7.3(学)

0m

S58.6

0

S59.3.27

1

BA

S59.4~3級

¥7,013,000

肯定

できず

24

S41.12.20

S45.3

~S46.4(住)

S48.4

~S54.3(学)

45m

S44.11

2

S47.11.13

5

AB

S53.9.1

BA

S49.10~3級

H3.1~級外

¥9,842,780

増悪

S46.3

~S47.4

25

S19.3.8

S45.3

~S46.4(住)

45m

S45.12

26

S48.10.17

29

CB BA

S52.9.1

S55.9.1

BA

CB BA

S49.10~3級

S55.10~2級

¥23,439,440

増悪

S46.3

~S47.4

161

M42.1.19

S61.4

~H5.2(住)

30m

S51.12

67

S62.6.2

78

BA

S62.7~3級

H5.1~級外

H8.7~3級

¥7,267,820

増悪

S62.4

~H6.2

170

T4.2.3

S45.3

~S58(勤)

0m

S30

40

S54.8.9

64

BA

S54.9~3級

S61.9~2級

¥18,573,200

増悪

S46.9

~S58.12

172

S21.5.24

S48.1

~S51.6(住)

35m

S48.2

26

S49.11.6

28

BA

S49.12~3級

¥16,544,500

増悪

S49.1

~S52.6

180

S42.1.30

S48.4

~S54.3(学)

0m

S45.1

3

S48.3.22

6

AB

S50.724

BA

S49.10~3級

S51.10~2級

S53.10~3級

S57.2~級外

S59.4~3級

H2.4~級外

¥8,954,600

肯定

できず

181

S43.9.5

S50.4

~S56.3(学)

0m

S44.9

1

S48.12.24

5

AB

S57.9.1

BA

S49.10~3級

¥13,467,440

肯定

できず

186

S25.4.2

S47.6

~S50.12(勤)

0m

S50.5

25

S60.2.1

34

BA

S60.3~3級

¥11,531,890

発症

S50.5

~H11.6

188

S25.11.29

S62.2

~(住)

40m

S55.11

30

S61.7.29

35

BA

S61.8~3級

H8.8~級外

¥13,586,800

増悪

S63.2

~H11.6

189

S35.3.21

S62.2

~(住)

40m

S55

20

S61.12.8

26

BA

S62.1~級外

H8.2~3級

¥5,159,300

増悪

S63.2

~H11.6

190

S57.2.11

S62.2

~(住)

40m

S58.2

1

S58.8.23

1

AB

S60.8.23

BA

S58.9~3級

H9.2~級外

¥6,593,000

増悪

S63.2

~H11.6

191

S59.4.12

S62.2

~(住)

40m

S59.6

0

S60.6.7

1

BA

S60.7~3級

¥6,357,600

増悪

S63.2

~H11.6

199

S54.9.9

S61.4

~H4.3(学)

0m

S54.12

0

S55.9.17

1

AB

S57.9.17

BA

S55.10~3級

H6.10~級外

¥7,110,600

肯定

できず

209

S39.10.23

S45.3

~S47.12(住)

S47.12

~S52.3(学)

25m

0m

S42.10

2

S46.1.19

6

BA

S49.10~3級

S63.11~級外

H1.2~3級

H5.2~級外

¥10,789,170

増悪

S46.3

~S48.12

216

S15.9.25

S45.3

~S47.12(住)

25m

S48

33

S50.3.11

34

BA

S50.4~2級

S53.4~3級

¥16,675,160

発症

S48.12

~H11.6

217

S49.6.28

S56.4

~S62.3(学)

0m

S50

1

S50.10.14

1

AB

S52.10.14

BA

S50.11~3級

S61.11~級外

¥6,671,100

肯定

できず

219

S4.2.4

H10.5

~(往)

50m

S52.3

48

S62.7.14

58

BA

S63.6~3級

¥8,997,780

増悪

H11.5

~H11.6

227

S12.5.14

S45.3

~S47(住)

0m

S50

38

S60.6.3

48

BA

S60.7~3級

¥10,977,710

肯定

できず

232

S42.5.29

S49.4

~S55.3(学)

0m

S43.11

1

S45.11.16

3

AB

S55.9.1

BA

S49.10~3級

H6.1~2級

¥16,257,440

肯定

できず

238

S30.6.20

H10.5

~(往)

35m

S41

11

S60.11.15

30

BA

H2.3~3級

¥10,741,380

増悪

H11.5

~H11.6

241

T15.11.15

S62.2

~(住)

30m

S48

47

S57.6.29

55

BA

S63.6.29

CB BA

S57.7~2級

S58.7~3級

S60.9~2級

¥18,118,950

増悪

S63.2

~H11.6

242

T7.9.12

H10.5(住)

50m

S41

48

S46.1.21

52

BA

H9.10~3級

¥23,216,280

増悪

H11.5

~H11.6

244

S3.6.14

H6.1.25

S55.8

~H6.1(住)

50m

S58.3

54

S61.9.11

58

BA

S61.10~3級

¥11,637,640

発症・

死亡

S58.3

~H6.1

246

S4.12.20

H9.1

~(住)

40m

S58~59

53~54

S48.10.12

43

CB

S61.9.1

CB BA

S57.8~3級

¥15,481,120

増悪

H10.1

~H10.6

249

S16.8.25

S45.3

~(住)

45m

S54

38

S45.11.27

29

CB

S55.9.1

S58.9.1

CB BA

BA

S54.9~級外

S55.6~3級

S56.6~級外

S56.8~3級

¥15,982,870

発症

S54.12

~H11.6

251

S10.10.22

S45.3

~S59.1(住)

0m

S51.9

40

S48.4.20

37

CB

S52.9.1

BA

S51.10~級外

S52.8~3級

¥16,006,880

発症

S51.9

~H11.6

252

T5.4.22

H6.5.1

S45.3

~H6.5(住)

25m

S58~59

67~68

S57.8.3

66

CB

S60.8.3

CB BA

S58.9~3級

S59.9~2級

S60.9~3級

S60.11~2級

¥14,824,440

発症

S59.12

~H6.5

253

S3.3.1

S47.1

~H5.5(住)

45m

S55

51

S48.2.19

44

CB

S55.9.1

CB BA

S53.2~2級

S57.2~3級

H8.11~2級

¥19,032,500

発症

S55.12

~H11.6

257

T14.8.20

S45.3

~(住)

0m

S35.12

35

S45.12.4

45

BA

S49.10~1級

S51.10~2級

¥25,206,800

増悪

S46.3

~H11.6

258

T13.3.8

S45.3

~(住)

0m

遅くとも

S61.8

62

S47.3.28

48

CB

S61.9.1

CB BA

S60.5~2級

¥21,190,170

発症

S61.8

~H11.6

260

S9.2.3

S45.3

~S47.6(住)

40m

S51.10

42

S52.11.12

43

BA

S52.12~2級

¥22,454,500

肯定

できず

263

S8.10.14

S45.3

~S47.8(住)

15m

S57.9

48

S46.11.12

38

CB

S58.9.1

CB BA

S49.10~級外

S54.6~3級

¥15,156,700

肯定

できず

264

S45.11.19

S52.4

~S58.3(学)

0m

S46.1

0

S46.10.19

0

AB

S57.9.1

BA

S49.10~3級

H5.9~級外

¥9,783,490

肯定

できず

267

S10.5.4

S61.8

~(住)

40m

S41

31

S61.2.6

50

BA

S61.3~級外

S61.6~3級

¥10,366,660

増悪

S62.8

~H11.6

269

S45.10.1

S52.4

~S58.3(学)

0m

S46.4

0

S47.4.25

1

AB

S57.9.1

BA

S49.10~3級

H8.9~級外

¥12,327,680

肯定

できず

274

S48.9.19

S48.9

~S55.5(住)

S55.4

~S61.3(学)

35m

0m

S49.1

0

S49.9.30

1

AB

S57.9.30

BA

S49.10~3級

S57.10~級外

S60.6~3級

H3.10~級外

¥7,655,500

増悪

S49.3

~S56.5

275

S49.5.24

S49.5

~S60.7(住)

S60.7

~(住)

S56.4

~S62.3(学)

10m

45m

0m

S49

0

S50.11.17

1

AB

S56.11.17

BA

S50.12~3級

S56.12~級外

S59.9~3級

¥10,943,700

増悪

S49.12

~H11.6

277

T8.7.11

S61.11

~(住)

40m

S50

56

S56.10.9

62

BA

S56.11~3級

¥12,765,760

増悪

S62.11

~H11.6

280

T14.5.31

S45.3

~(住)

10m

S40

40

S50.1.18

49

CB BA

S50.2~級外

S52.7~3級

H3.4~2級

¥18,539,310

増悪

S46.3

~H11.6

283

S10.12.15

S55.4

~(住)

20m

S51

41

S53.8.3

42

BA

S53.9~3級

S54.9~2級

S58.9~3級

¥15,780,680

増悪

S56.4

~H11.6

287

S47.1.20

S53.4

~S56.3(学)

0m

S47.6

0

S48.5.21

1

AB

S55.9.1

BA

S49.10~3級

H3.2~級外

H4.12~3級

¥11,780,520

肯定

できず

292

T3.4.21

S45.3

~(住)

0m

S50.6

61

S61.6.4

72

BA

S61.7~3級

¥9,928,190

発症

S50.6

~H11.6

293

S26.3.3

S45.3

~S49.5(住)

S52.11

~(住)

0m

0m

S50.12

24

S59.8.21

33

BA

S59.9~3級

¥11,854,750

増悪

S53.11

~H11.6

295

T12.10.19

H7.2~(住)

25m

S45.6

46

S60.12.24

62

BA

S63.12.24

CB BA

S61.1~3級

¥12,637,280

増悪

H8.2

~H11.6

296

S45.11.8

S52.4

~S58.3(学)

0m

S46.1

0

S46.6.8

0

AB

S57.9.1

BA

S49.10~級外

S53.6~3級

S55.6~級外

H4.12~3級

H7.9~級外

¥7,006,700

肯定

できず

299

S7.5.1

S45.3

~S54.3(住)

30m

遅くとも

S51.11

44

S51.1.30

43

CB

S54.1.30

CB BA

S51.2~3級

H3.5~2級

¥19,085,200

発症

S51.11

~H11.6

305

S52.2.21

S56.8

~(住)

S58.4

~H1.3(学)

10m

0m

S52.6

0

S53.6.21

1

AB

S57.6.21

BA

S53.7~3級

¥10,749,430

増悪

S57.8

~H11.6

307

S45.10.26

S52.4

~S58.3(学)

0m

S46.5

0

S47.5.12

1

AB

S55.9.1

BA

S49.10~級外

S54.12~3級

H1.6~級外

¥7,382,230

肯定

できず

309

T9.8.11

S47.10

~S56.2(住)

0m

S49.1

53

S56.2.28

60

BA

S56.3~2級

¥19,486,200

発症

S49.1

~H11.6

321

T2.9.1

S56.3

~H5(住)

40m

S50春

61

S56.3.4

67

BA

S56.4~3級

¥13,035,000

増悪

S57.3

~H6.3

322

S44.2.19

S50.4

~S56.3(学)

0m

S45

1

S46.3.30

2

AB

S53.9.1

BA

S49.10~3級

S52.10~級外

S53.6~3級

S63.5~級外

¥7,755,580

肯定

できず

328

S48.3.2

S54.4

~S60.3(学)

0m

S48.4

0

S48.9.3

0

AB

S57.9.1

BA

S49.10~3級

¥12,203,180

肯定

できず

351

S50.1.4

S56.4

~S62.3(学)

0m

S50.10

0

S52.10.29

2

AB

S56.10.29

BA

S52.11~3級

H2.2~級外

¥6,899,700

肯定

できず

356

S48.5.12

S48.5

~S51.12(住)

40m

S49

1

S50.7.17

2

AB

S54.7.17

BA

S50.8~3級

H5.6~級外

¥8,947,480

発症

S49.12

~H11.6

363

M39.2.18

H3.7.31

S45.3

~H3.7(住)

40m

S40.10

59

S51.8.25

70

BA

S51.9~3級

¥10,779,470

増悪

S46.3

~H3.7

368

S24.11.1

S45.6

~S52.5(住)

10m

S48

23

S54.3.5

29

BA

S54.4~3級

H8.10~2級

¥16,090,680

発症

S48.12

~H11.6

369

S46.2.16

S46.2

~S52.5(住)

10m

S49.2

3

S53.9.25

7

BA

S53.10~3級

H5.4~級外

H9.4~3級

¥10,521,560

発症

S49.2

~H11.6

398

T15.10.3

遅くともH7~(住)

15m

S43.1

41

S54.5.17

52

CB BA

S54.6~2級

¥21,329,900

増悪

H8.1

~H11.6

400

S19.3.4

S48.10

~S53.11(住)

S53.11

~S58.1(住)

40m

25m

S59秋

32

S54.11.8

35

CB

S60.11.8

CB BA

S54.12~3級

¥14,477,660

肯定

できず

414

S43.3.21

S45.6

~S49(住)

45m

S46.6

3

S48.6.11

5

AB

S53.9.1

BA

S49.10~3級

¥13,794,500

発症

S46.6

~H11.6

415

S13.12.6

S45.6

~S49(住)

45m

S46.3

32

S49.3.22

35

CB BA

H1.9.1

BA

S49.10~3級

S52.10~2級

S53.10~3級

S56.10~2級

S61.10~3級

H8.7~2級

¥18,988,480

増悪

S46.6

~S50.1

432

S43.9.18

S50.4

~S56.3(学)

0m

S45.9

2

S48.11.22

5

AB

S55.9.1

BA

S49.10~3級

¥15,140,520

肯定

できず

433

S47.12.15

S54.4

~S60.3(学)

0m

S48.1

0

S48.11.22

0

AB

S55.9.1

BA

S49.10~3級

¥12,211,680

肯定

できず

442

S4.2.13

S45.3

~(住)

20m

S62

58

S59.5.21

55

CB

S62.5.21

CB BA

S61.4~3級

H8.10~2級

¥12,185,140

発症

S62.2

~H11.6

445

S5.10.18

S45.3

~S52.2(住)

15m

S47

41

S46.6.22

40

CB

S58.9.1

CB BA

S49.10~3級

¥16,527,560

発症

S47.12

~H11.6

446

M39.8.1

S45.3

~(住)

10m

S60冬

79

S58.3.14

76

CB

S61.3.14

BA

S58.4~3級

¥11,924,600

発症

S60.12

~H11.6

463

T13.4.8

H8.3.14

S45.3

~S54.5(住)

40m

S48

49

S58.10.6

59

BA

S58.11~2級

¥21,328,050

発症・

死亡

S48.12

~H8.3

467

T15.9.17

S48.3

~S48.4(住)

40m

S46

45

S57.1.12

55

BA

S57.2~級外

S57.11~3級

H7.6~2級

¥14,128,690

肯定

できず

476

S2.9.1

S45.3

~H3.5(住)

25m

S47.1

44

S57.11.9

55

CB BA

S57.12~2級

H3.12~3級

¥21,141,160

発症

S47.1

~H11.6

477

S6.2.24

S45.3

~S49.6(住)

40m

S61

55

S49.10.23

43

CB

S61.10.23

CB BA

S49.11~3級

H2.8~2級

¥28,736,740

肯定

できず

502

S59.12.15

H3.4

~H9.3(学)

0m

S60.6

0

S63.3.1

3

BA

S63.3~3級

¥5,244,400

肯定

できず

504

S45.10.26

S52.4

~S58.3(学)

0m

S46.5

0

S46.11.22

1

AB

S55.9.1

BA

S49.10~3級

S60.10~級外

¥6,813,700

肯定

できず

506

T5.3.1

H10.5

~(往)

35m

S60

69

S52.7.7

61

CB

S61.7.7

CB BA

S52.8~3級

¥14,716,960

増悪

H11.5

~H11.6

別表C

因果関係が肯定される沿道患者の損害額算定経過一覧表(既存疾患=気管支喘息・既存疾患減額=増悪の因果関係が肯定された場合・減額の表示=減額後の残余割合)

原告番号

非財産的

損害の評価額

既存疾患

減額

アトピー

素因減額

喫煙過失

相殺減額

慰藉料の額

弁護士費用

請求認容額

24

¥350,000

1/2

2/3

1

¥116,000

¥11,600

¥127,600

25

¥140,000

1/2

1

1

¥70,000

¥10,000

¥80,000

161

¥1,865,000

1/2

1

1

¥932,000

¥93,200

¥1,025,200

170

¥3,700,000

1/2

1

6/10

¥1,110,000

¥111,000

¥1,221,000

172

¥1,050,000

1/2

1

1

¥525,000

¥52,500

¥577,500

186

¥7,250,000

1

1

1

¥7,250,000

¥725,000

¥7,975,000

188

¥2,900,000

1/2

1

1

¥1,450,000

¥145,000

¥1,595,000

189

¥1,985,000

1/2

1

6/10

¥595,000

¥59,500

¥654,500

190

¥2,990,000

1/2

2/3

1

¥996,000

¥99,600

¥1,095,600

191

¥3,425,000

1/2

1

1

¥1,712,000

¥171,200

¥1,883,200

209

¥850,000

1/2

2/3

1

¥283,000

¥28,300

¥311,300

216

¥8,455,000

1

1

1

¥8,455,000

¥845,500

¥9,300,500

219

¥50,000

1/2

2/3

1

¥16,000

¥10,000

¥26,000

238

¥50,000

1/2

2/3

6/10

¥10,000

¥10,000

¥20,000

241

¥5,480,000

1/2

2/3

1

¥1,826,000

¥182,600

¥2,008,600

242

¥50,000

1/2

1

1

¥25,000

¥10,000

¥35,000

244

¥22,000,000

1

1

1

¥22,000,000

¥2,000,000

¥24,000,000

246

¥450,000

1/2

1

1

¥225,000

¥22,500

¥247,500

249

¥5,755,000

1

1

1

¥5,755,000

¥575,500

¥6,330,500

251

¥6,685,000

1

1

1

¥6,685,000

¥668,500

¥7,353,500

252

¥2,850,000

1

1

1

¥2,850,000

¥285,000

¥3,135,000

253

¥6,055,000

1

1

1

¥6,055,000

¥605,500

¥6,660,500

257

¥14,940,000

1/2

2/3

1

¥4,980,000

¥498,000

¥5,478,000

258

¥5,690,000

1

2/3

1

¥3,793,000

¥379,300

¥4,172,300

267

¥3,575,000

1/2

1

1

¥1787,000

¥178,700

¥1,965,700

274

¥2,175,000

1/2

1

1

¥1,087,000

¥108,700

¥1,195,700

275

¥6,880,000

1/2

1

1

¥3,440,000

¥344,000

¥3,784,000

277

¥3,500,000

1/2

1

1

¥1,750,000

¥175,000

¥1,925,000

280

¥8,845,000

1/2

1

1

¥4,422,000

¥442,200

¥4,864,200

283

¥5,910,000

1/2

1

1

¥2,955,000

¥295,500

¥3,250,500

292

¥7,225,000

1

1

1

¥7,225,000

¥722,500

¥7,947,500

293

¥6,200,000

1/2

1

1

¥3,100,000

¥310,000

¥3,410,000

295

¥1,025,000

1/2

2/3

1

¥341,000

¥34,100

¥375,100

299

¥8,270,000

1

1

1

¥8,270,000

¥827,000

¥9,097,000

305

¥5,075,000

1/2

2/3

1

¥1,691,000

¥169,100

¥1,860,100

309

¥12,240,000

1

1

1

¥12,240,000

¥1,224,000

¥13,464,000

321

¥3,625,000

1/2

2/3

1

¥1,208,000

¥120,800

¥1,328,800

356

¥6,280,000

1

1

1

¥6,280,000

¥628,000

¥6,908,000

363

¥6,125,000

1/2

1

1

¥3,062,000

¥306,200

¥3,368,200

368

¥8,170,000

1

2/3

1

¥5,446,000

¥544,600

¥5,990,600

369

¥6,915,000

1

2/3

1

¥4,610,000

¥461,000

¥5,071,000

398

¥1,680,000

1/2

1

1

¥840,000

¥84,000

¥924,000

414

¥8,425,000

1

1

1

¥8,425,000

¥842,500

¥9,267,500

415

¥1,100,000

1/2

1

1

¥550,000

¥55,000

¥605,000

442

¥4,220,000

1

1

1

¥4,220,000

¥422,000

¥4,642,000

445

¥6,115,000

1

1

1

¥6,115,000

¥611,500

¥6,726,500

446

¥4,075,000

1

1

1

¥4,075,000

¥407,500

¥4,482,500

463

¥23,220,000

1

2/3

8/10

¥12,384,000

¥1,238,400

¥13,622,400

476

¥11,835,000

1

1

8/10

¥9,468,000

¥946,800

¥10,414,800

506

¥50,000

1/2

1

1

¥25,000

¥10,000

¥35,000

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